13. 堕ちた勇者
ミレイとラナは、ロナウドが寝起きしているキリングワース侯爵家の別邸に向かっていた。前を歩くロナウドつきの執事は、ちらちらと後ろを振り返っている。
先程、二人の応対をした老年の執事は、憔悴した様子でロナウドとの面会をご遠慮願いたいと申し出たのだ。理由を尋ねると、お客様とお会いできるような状態ではないという。
「ロナウド様はケガをされているのですか?」
ミレイが血相を変えて訊く。
「いえ、そのようなことはありません」
「では、なにかのご病気なの?」
「……病気ではございません」
「あなた、私たちを馬鹿にしているのですか」
ミレイからは濃密な魔力が周囲にもれ出した。ラナでさえ息苦しさを覚えるほどなのだから、目の前の執事には相当堪えているだろう。
「あのとき以来、ロナウド様は……どう申せばよろしいでしょうか……」
執事は言い淀んだ。
「はっきりしなさい! 私たちはロナウド様のパーティーメンバーですわよ! そんじょそこらの知り合いとは訳が違いますわ!」
「はい……それは承知しております。私が懸念しているのは、ロナウド様の言動が荒々しくなったと申しますか……。ロナウド様もご自身の感情を抑えられないご様子なのです」
「それはあの日以来ということね」
「はい」
あの日とは、ロナウドがエトウと模擬戦を行い、惨敗した日である。
ロナウドは騎士団の医務室で目覚めると、自分の記憶が正しいのかを騎士たちに問い詰めた。そして、自分がエトウに負けたことを確かめると、医務室まで付き添っていたミレイに自嘲的な笑いを見せたのだ。
「情けない……」
ロナウドは帰り際に一言だけ発した。ミレイはなにも言うことができなかった。
それから今日まで三日たっている。
執事が案内したのは、日当たりのよい南向きの部屋だった。
窓際のソファに座るロナウドは、ノックの音にも反応を見せず、窓の外を眺めていた。
「ロナウド様、お加減はどうでしょうか?」
ミレイは緊張を隠しながら声をかけた。
ロナウドは起きたばかりといった格好だった。寝癖のついた頭、ひげも伸ばし放題。白いシャツはしわができて、胸元には飲み物でもこぼしたような跡があった。
サイドテーブルには酒のグラスと瓶が見える。ロナウドはミレイとラナをちらりと見ると、グラスの酒をあおるように飲み干した。
「どうした?」
ロナウドはそれだけを言った。
「おケガなどされていないか心配で、こうしてラナとやって来たのです。どうやら取越苦労だったようですわね。お体の具合がよいようでしたら、気分転換に外へ出るのはどうですか? 私、おいしいワイバーン肉を食べさせるレストランを見つけましたのよ」
「そうか」
「……ラナもワイバーン肉は好物でしたよね?」
「はい。大好物ですよ。ロナウド様もお好きですよね?」
「……ああ。だが、今は食欲がないな」
「そうですか。それは残念ですわ。では、お食事は今度にしましょう」
「ミレイ、ラナ」
「はい」
「なんでしょう?」
「私はエトウに負けた。勇者である私が、剣も魔法も中途半端な賢者なぞに負けたのだ! 私に勇者を名乗る資格などない! 私は……もう、旅を続けることは――」
「なにをおっしゃっているのです!」
ミレイはロナウドの言葉をかき消すような大声で叫んだ。その顔には怒りや悔しさといった感情が渦巻いているようだった。
「たった一度の負けですべてを諦めるのは、愚か者のすることです。ロナウド様が模擬戦で負けたのは人生で初めてだったのですか?」
「いや、そういう訳ではないが……」
「ならばなにが違うのですか!」
「……」
「今日は帰ります! また来ますので、それまでに頭を冷やしておいてください! ラナ、帰りますよ」
「はい。ロナウド様、私たちはパーティーです。失敗しても、間違えてしまっても、支え合いながら正しい方向へ進み直すことができると思います。生意気言ってすいません。失礼します」
ロナウドが座る場所からは、出口までの通路を見渡すことができた。
怒った様子で大股で歩くミレイを、ラナが追いかけている。やがて二人は歩調を合わせて歩き去った。
「『私たちはパーティーです』か……」
ロナウドは力なくつぶやいた。




