37. 森の中の陣地
日が昇り、西風が強く吹き始めた頃、エトウは一人で陣地の西端まで来ていた。
ここは森の中につくられた王国軍の陣地である。
すぐ先には急遽設けられた腰丈の柵があり、その柵に沿って兵士の見張りが間隔をあけて立っていた。今のところ森に異常は見られない。
帝国軍が国境沿いの砦を出て、高台に陣地をつくってから一日がたっていた。敵陣にはまるで動きがない。
その状況では、エトウたちにできることはなかった。ひたすら待機の時間である。
エトウが預かっている小隊は、両軍の前線がぶつかった後、前に出てくるであろう『恐るべき子供たち』を討ちに出ることになっている。敵陣深くにいて動かない魔道士を討つのは、たとえ精鋭部隊といえども至難の業だからだ。
そのあたりにこの作戦の危うさがある、とエトウは考えていた。
いつまでたっても敵の魔道士が見つからず、大魔法の連発を止めることができなければ、味方本隊の被害はかなりのものになるだろう。
どちらが先に倒れるかという勝負だった。
精鋭部隊が『恐るべき子供たち』の排除に成功すれば、こちらの作戦がはまって勝利できる。
その反対に、大魔法によって王国軍の本隊が大きな被害を受けてしまったら、小隊であるエトウたちは孤立無援で敵軍の中に取り残されてしまう。そうなったらこちらの負けだ。生き残れるかどうかも分からない。
この戦いで勝利をおさめるには、『恐るべき子供たち』に仕事をさせないのが条件だった。
いずれにしろ戦端が開かれないかぎりは、エトウたちが敵陣の隙を突くのも難しい。それまでは待機を続けるしかなかった。
エトウが柵越しに森を眺めていると、エルフ弓兵隊のミモザとトルノがやって来た。
「エトウ隊長、なにか気になることでもあるの?」
エトウが一人で森を見ていたからだろう。ミモザが訊いてきた。
「いえ、特には。手持ち無沙汰になっただけですよ」
「そう」
「西風が強くなってきましたけど、森の中ではさすがに平地ほど吹きませんね」
「ええ、これぐらいなら弓にも影響はないわ」
「それは頼もしい」
「ふふ。まかせておいて」
ミモザは自分の胸をたたいて自信を示し、トルノの方もエトウにうなずいた。
「森の中の索敵なんですが、俺のパーティーではソラノにまかせているんです。彼女は周囲の気配を探るのが得意ですからね。お二人にも、そうした役割を担ってもらって大丈夫ですか?」
「ええ、問題ないわ。私たちも里の外で冒険者の仕事をした経験があるから、パーティー内での立ち回りも理解しているつもりよ」
「へぇ、そうなんですね」
「そうした経験はソラノより長いくらいよ。ソラノとイザベラは、師匠について剣と弓の修行をしていたけど、エルフの中でもそういうのは少数派なの。ほとんどの者たちは基礎を簡単に教わったら、実地で学んでいくのよ。ほら、ソラノもイザベラも外に出た期間が短いから、話し方もどこかぶっきらぼうでしょ?」
ミモザとトルノは、里の周辺で警備や魔物討伐の仕事をした後、里の外に出て冒険者を長くしていたらしい。いわゆる出稼ぎに近い形のようだ。
ソラノが人間たちの手によって里から連れ出されたとき、二人は里にいなかったという。
「そういうことだったんですか。ソラノも、王都で初めて会ったときに比べれば、こちらの公用語に慣れてきてはいますけどね」
エトウは、エルフによってこちらの言葉に慣れている者と、そうでない者がいる理由を初めて知った。わざわざソラノやサニーに尋ねることでもなかったからだ。
それからもエトウはエルフの里の話を聞かせてもらった。生活や文化に違いがあって、なかなか興味深い話だった。
昼前にはアモーとソラノも顔を見せた。
今日も動きがないようだったら、午後から森に出て、部隊の連携を確認しようかと相談していたときだった。街道のある方向から、兵士たちの鬨の声が響いてきた。
「エトウ、これ!」
「ああ」
ソラノに答えたエトウの表情は自然と厳しいものに変わっていた。
地を震わすような大音声は両軍からのものだろう。ようやくエトウたちが動くときがきたようだ。
「エトウ隊長!」
陣地の中から第三小隊のメンバーであるレオンハルト、ブラッド、モルリッツの三人が駆けてきた。王国騎士らしく息一つ切らしていないが、その顔には緊張感が漂っている。
そのすぐ後には、ブルーノとテリオスの魔道士二人組もあらわれた。これで第三小隊の全員がそろったことになる。
待機状態だったとはいえ、さすがに武器や防具を外している者は一人もいなかった。敵がいつ攻めてきても対応できるだけの備えはできている。
「全員いますね。それでは背負い袋などを取りにいって、俺のテント前にもう一度集合してください。焦る必要はありません。この陣地の指揮官からも話を聞く必要がありますからね。それでは、一旦、解散します」
エトウが解散を告げた直後、上空からゴォーという物凄い音が聞こえた。風よりも重たくて低い音だ。エトウの胸に嫌な予感が広がっていく。
「エトウ、火魔法がこっちにくる!」
ソラノが空を指差して叫んだ。
森の向こうから、エトウたち全員を飲み込むほどの巨大な火球があらわれた。その大火球はあっという間に頭上を通り過ぎ、轟音とともに陣地の中央付近に衝突した。




