33. 決戦前夜 3
「ずっとずっと私を子供扱いして! 最近やっと認めてもらえるようになったと思ったら、今度の作戦は危険だから私だけ置いていくって、そんなのおかしいよ! 私だってみんなと同じようにできる。ソラノとお父さんは、どうしてエトウにそう言ってくれなかったの!」
「コハクをこの作戦から外せないかと最初に言ったのは俺だ」
アモーがそう言うと、コハクは唖然とした顔になった。そして顔を真っ赤にして怒り出した。
「どうしてそんなこと言ったの!」
「もちろん、お前の身を思ってだ」
「余計なことだよ! 私に言いたいことがあるなら、どうしてエトウに言わせたの! お父さんが直接私に言えばよかったじゃない!」
「俺がコハクに話すと言ったんだが、エトウに止められたんだ。それはパーティーリーダーである自分の務めだ、と。でも、それは俺たちに気を使ったんだと思う。親子同士で喧嘩にならないように。やっぱり俺がコハクに話すべきだった……」
「そんな気の使われ方、いらない!」
「コハク、冷静になれ。今回の作戦は、どうなるか分からないところがある。お前はまだ成人前なんだ。俺たちが帰るのを、この村で待っていてくれ」
「子供扱いしないでって言ってるでしょ! 成人前っていっても、あとたった一年よ。他の人たちとなにが違うの。私だって一緒に戦えるわ!」
コハクは怒っていた。自分の知らないところで話し合いが終わっていたのが気に入らなかった。
どうしてその話し合いに参加させてもらえないのか。どうして結果だけを聞かせられるのか。パーティーメンバーに心配されているのは分かっていても、一人置いていかれるくらいなら、そんなの大きなお世話としか思えなかった。
アモーは困った顔でコハクを見つめている。
――もう本当に知らない。お父さんが余計なこと言ったから、こんなことになったんじゃないの!
コハクは怒りが収まらなかった。
二人の様子を見つめていたソラノがそこで口を開いた。
「コハク、もう少し冷静になって」
「私は冷静よ」
「コハクを連れていかない理由は、心配ってだけじゃない」
「じゃあ、なんなの?」
「条件に合わなかったから」
「はぁ? 条件?」
「うん、例えばクラン。たくさんの冒険者パーティーが集まっている組織」
「王都にあったやつね。それがどうしたの?」
「クランが一つの依頼を受けるとき、リーダーは必要なメンバーを選ぶ。それは依頼ごとに違うって聞いた」
コハクは難しい顔になった。それとこれとは話が違うと思ったのだ。
クランには大小があるが、それこそ五十人以上のメンバーがいるところもある。そのため、依頼ごとに必要なメンバーを選ぶのは当然だった。だが、エトウたちはたった四人と一匹のパーティーだ。いちいちメンバーを選ぶ必要などない。
「ソラノ、なにが言いたいの?」
「メンバーに選ばれる条件、ここではコハクの年齢と実力が問題」
「だから、来年には成人するって――」
「今はしてない。職業判定の儀式は、ただ受けるだけじゃない。職業に応じた力も得られる。最初は小さな違いでも、特性によって成長の速度が違うから、少し経験値をためるだけでかなり変わる」
「そんなに違いは出ないって聞いたこともあるけど……」
「うん。人間族、職業がたくさんあるから、違いが分かりにくい。エルフは弓がほとんど、次が魔法と剣。あとは職人の専門職。そのくらいだから、力の差が分かりやすい。エルフにとっては常識」
「そうなんだ……。でも、敵の魔道士も成人前って聞いたよ。なんで私だけ……」
「あの大魔法の威力は異常。普通の子供と同じにはできない」
そう言われてしまうと、コハクにはなにも言い返せなかった。
「それともう一つ、コハクの実力。今回の作戦には、王国の騎士や魔道士が参加する。エルフからも弓士が出る。選ばれるのは精鋭だけ。その中に入って、コハクになにができる?」
「……でも、みんなとの連携に慣れているのは私だし……」
「それはそう。だけど、今回は魔道士を倒さなければ意味がない。最悪、アタッカー役のエトウだけでも先に進ませる。ウチらは全員そのための犠牲。もしそうなったら、自力で生きのびなければならない。コハクを守っていたら、全員死んじゃうかもしれない」
「そんな!? でも……」
コハクは自分が弱いために誰かが傷つくのは嫌だった。パーティー内でそんなことが起きないように、強くなりたいと思って剣と魔法の鍛錬を続けてきたのだ。それなのに足手まといになると言われてしまった。
ソラノは嘘を言わない。コハクにとって本当に信じられる人、大好きな人だが、今だけはそれがつらかった。
「コハクが悪いわけじゃない。条件が合わなかっただけ。今回はそうでも次がある」
「……」
「コハクは、ウチらが帰ってこないと思ってる?」
「そんなことない! みんなが強いことぐらい分かってる!」
「だったら、ここで待ってて。あと一年たてば、きっとどこでも一緒に戦えるようになる」
コハクの目にどんどん涙がたまっていき、決壊したようにあふれ出した。
「うわぁーん」
コハクは泣きながらソラノに抱き着いた。
「大丈夫、コハクはもっと強くなる」
ソラノはそう言ってコハクを抱きしめた。
アモーもソラノの肩越しにコハクの頭をそっと撫でた。大きな手が壊れものにふれるようにやさしく動き、乱れた髪を整えている。
村外れに響いた泣き声はなかなかやまなかった。




