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2. 一年前の記憶 前編

「エトウ、危ない!」


 ラナの叫び声にエトウが振り向くと、人面獅子のマンティコアがすぐ近くまで迫っていた。

 魔法は間に合わない。右手に握っていた片手剣を魔物の喉元をねらって突き出す。


 しかし、そんな苦し紛れの突き技が通用する相手ではなかった。

 マンティコアは後ろに下がって剣を避け、再びエトウに食らいつこうと強靭な後ろ足で地面を蹴った。


 エトウには目の前の光景がゆっくりと動いているように見えた。マンティコアの牙が自分にまっすぐ迫っているが、それを防ぐ手段がないのだ。


 マンティコアに食いつかれることを覚悟したとき、右側から激しい熱と光を感じる。

 次の瞬間、マンティコアの側面にその胴体を覆うほどの火の玉がぶつかり、反対側へと弾き飛ばした。


「エトウさん、下がってください!」

 右手をマンティコアの方へ伸ばした魔聖ミレイが叫ぶ。


 片側を黒く焼かれたマンティコアは、顔をしかめて唸り声をあげた。その体が光り始めると、頭上に風の矢が二本あらわれる。


「グルルルル、グワァー!」

 野太い咆哮とともに、マンティコアは風の矢をエトウに発射した。


 その直後、ラナが体ごとエトウにぶつかってきた。マンティコアが放った風の矢は、すんでのところで後ろにそれていく。


 ラナはすぐに立ち上がって、エトウをかばうように剣を構えた。

 マンティコアはラナをにらみつけると、再び魔法を使うために体を光らせる。


 しかし、それよりもはるかにまばゆい光が辺り一帯に広がった。そこには、輝きを放つ聖剣をかかげた勇者ロナウドが立っている。


 ロナウドがそのまま聖剣を振り下ろすと、剣先から飛び出した光の斬撃がマンティコアの胴体を切り裂いた。

 素早く距離を詰めたラナは、倒れ込むマンティコアの首を落としてとどめを刺した。


☆☆☆


 ああ、またこの夢かとエトウは思っていた。何度も繰り返し見た夢だった。ちょうど一年前、エトウが実際に経験したことである。


 自分が勇者パーティーであまり役に立てていないことは分かっていたが、このマンティコアとの戦闘によってそれが誰の目にも明らかになったのだ。


 勇者パーティーには、護衛の騎士や魔道士、王城・教会への連絡係、薬師や料理人、御者などの専門職の者たちなど、総勢三十名ほどが帯同している。

 エトウに対する彼らの態度が変わってきたのはこの頃からだった。


 この日の夜、エトウは勇者に呼び出されたのだ。


☆☆☆


 宿の食堂には勇者ロナウドと魔聖ミレイが待っていた。護衛の騎士たちはいたが、ラナの姿はなかった。

 この宿は勇者一行の貸し切りとなっているため、他の客は泊まっていない。


「お待たせしました、勇者様」

「ああ、エトウくん。座ってください。君に話があります」


 この頃は、勇者ロナウドに憧れの気持ちを持っていた。

 その強さはもちろん、太陽のように輝く金髪や彫りの深い顔立ち、貴族出身らしい洗練された所作にも羨望の目を向けたものだった。


 エトウは地味な黒髪と平たい顔をした自分の姿を鏡に映して、ため息をついたことが何度もある。

 ロナウドと自分を比べると勝てる部分がまったく見つからなかったのだ。


「エトウくん、今日のマンティコアとの戦闘ですが、君の不注意のせいでパーティーが危険にさらされた自覚はありますか?」

「……はい、申し訳ありません」

「謝罪してほしいわけではありません。その認識があるならば、君の補助魔法は我々レベルの戦闘において役に立たないということも分かっていますね」

「勇者様……」

「エトウくん、残念ですが、君にはこのパーティー内で補助魔法を使うことを禁じます」

「そんな! それでは自分ができることがなくなります!」


 エトウは思わず声を荒げた。自分の失敗は認めるが、だからといって自分の唯一の持ち味である補助魔法を禁じられる訳にはいかなかったのだ。


「エトウさん、今日の戦闘であなたはなにができましたの?」

 それまで黙っていたミレイが口を開いた。

「それは……」

「最前線に立つのは勇者様とラナ、後衛を私が務めます。エトウさんはポーションの受け渡しや、ランクの低い魔物の足止めなどでパーティーに役立ってください」

「しかし……」


 ミレイの指示は、エトウが補助魔法を使わないことが前提となっている。それはパーティーのサポート役ではあるのだが、賢者の能力を必要としない雑用仕事だった。


「勇者様、私の補助魔法は成長しています。現在でも、私自身やラナ、護衛の騎士や魔道士に対しては効果を発揮しているのです。どうか私に補助魔法を使わせてください」


 エトウは頭を下げて頼み込んだ。

 

 王城で訓練を受けていたとき、魔法士団の団長などはエトウの補助魔法に大きな可能性を見出していた。今、ここで禁止されてしまっては、その可能性の扉さえ閉じられてしまう。

 

 それに、補助魔法をパーティーとしての戦術に組み込むことができれば、今よりも自分の力を発揮できるとエトウは考えていた。


「エトウくん、今日のようなことが繰り返されるのは避けたいのです。我々は民衆に確かな強さを示さなければなりません。そうすることで、彼らが抱いている魔物への恐怖を和らげ、王国への忠誠心を強くすると私は信じています。それが勇者パーティーの存在意義ではありませんか? 今日の君の戦い方には失望しました」

「勇者様……」


 エトウはロナウドの言葉にしばらくの間思考が停止してしまった。憧れの存在から失望したと言われたのだ。寒くもないのに、体が冷えていくようだった。


「……私の不注意のために、マンティコアの接近を許してしまいました。ですが、混戦の中ではしばしば起こることです。それにポーションの受け渡しなどは、私じゃなくてもできることではありませんか」

 エトウはなんとか気を取り直してそれだけを告げる。


「それならば君はこのパーティーを抜けますか? 女神様に賢者として選ばれておいて、戦闘の役に立たないのは罪だと私は思います。パーティーに貢献する気持ちがないのであれば、いつでも出ていってもらって構いませんよ」

「……」


 エトウは、自分への評価がここまで低かったのかと目の前が真っ暗になった。

 その後のことはよく覚えていない。勇者様の言葉に従うと伝えたことだけは確かだった。その翌日からエトウは補助魔法を使うのを止めたのだ。

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