3. ソラノの心配
とりあえずこの事態を穏便にやり過ごすのが一番だと、エトウが言葉をかけようとしたとき、少し離れて話を聞いていた騎士がロナウドたちの前に歩み出た。
「勇者様、失礼を承知で言わせて頂きます。自分は第一騎士団所属、キリガン・ハートフィールドと申します。スタンピードにおいては、エトウ殿たちと決死隊に参加して敵陣深く攻め込みました。勇者様は先程、ゴブリンの群れが『多少の脅威』とおっしゃいましたね。私たちが敵の親玉にたどり着くために、騎士団と王国軍から派遣された二千人の騎兵隊が身を削って活路を開いてくれました。そのうち作戦中に命を落とした者や行方不明者が六百名以上、救出はされましたが現在も生死の境をさまよっている者もいます。その他にも重傷を負った者や、手足を失って騎士や兵士として働くことが困難になった者も少なくありません。『多少の脅威』でそこまで多くの犠牲者が出るとお考えですか。それは命を賭して王都を守った者たちを侮辱する言葉です」
騎士は強い瞳で勇者たちを見つめながらそう言いきった。
エトウは騎兵隊の被害が甚大であることは理解していたが、具体的な数字を聞いたのは初めてだった。騎士の言葉は、作戦を生き残ったエトウたちにも強く響いてきた。
訓練場にいた騎士や兵士も集まって来て、キリガンの隣に並ぶ。彼らの無言の圧力が貴族たちに向けられた。
ロナウドは一瞬ひるんだような表情を見せたが、後ろにいる貴族たちの視線を感じたのだろう。あえて余裕を見せるような笑顔を騎士に向けた。
「いやいや、騎士の諸君。誤解をさせたなら申し訳なかった。私は王国のために尽くした君たちの雄姿を疑ってはいないよ。ただ、元パーティーメンバーとして、奴隷を使って名声を高めていると評判のエトウくんに、苦言を呈したかっただけなのだ」
エトウたちを王都を救った恩人と考えている騎士たちが、そんな言葉で納得するはずもなかった。騎士がさらに言葉を発しようとしたとき、エトウの後ろからよく通る声が聞こえた。
「この男、頭がおかしいのか?」
ロナウドは眉間にしわを寄せてそちらをにらみつける。しかし、その発言者はロナウドの視線などまったく気にならないようだった。
「本当にこれが勇者なのか。大丈夫か、人間族? 心配になるぞ」
心底疑問に思っているような口調でソラノは言葉を続けた。
コハクはソラノの言葉に笑いをこらえきれず、ぷっと吹き出してしまった。
勇者の眉間のしわはさらに深くなる。
エトウは心の中で「やってしまった」と頭を抱えた。それでもソラノは止まらない。
「そもそもこの男はエトウの強さを知らないのか?」
「エトウくんの強さだって? 自分たちのパーティーにいたときは――」
ロナウドがなにか言いかけるのを、ソラノは遠慮なくさえぎった。
「いや、そんなことに興味はない。今、現在の強さだ。文句があるならここで戦ってみればいい」
ロナウドは、ソラノの言うことがすぐには頭に入ってこない様子だった。しばらくソラノの顔を呆けたように見つめていた。
「ふふふ……ははは、そうか、エトウくんの強さか! それは私だけでなく、ここにいる者たちも知りたいのではないか? よし、それならば僭越ながら私がお相手を務めよう。エトウくんもそれで構わないね」
ロナウドはそう言うと、有無を言わせぬような鋭い視線をエトウに送ってきた。
エトウはどうやって断ろうかと思案していたが、またもやソラノが火に油を注ぐようなことを言い始める。
「エトウ、よいではないか。何事も経験だ。この男に、自らがどれほどのものかを教えてやれ」
「騎士の諸君、場所を空けてくれないか。模擬剣の用意もお願いする。ミレイ、皆を連れて観客席に上がりなさい。エトウくん。お互いの腕試しといこうじゃないか」
ロナウドはエトウの反応には一切構わずに模擬戦の準備を進めていく。それは一刻の猶予も与えないという態度だった。
エトウは困った様子でソラノを見たが、彼女が本音だけを言葉にしているのは明らかだった。その隣ではコハクがパンチを繰り出しながら、「エトウ、やってしまえ!」と言っている。パーティーの良心であるアモーは、エトウをいたわるような表情でうなずいた。
これはどうにもならないと深いため息をついたエトウは、騎士が用意してくれた模擬剣を選びにいくのだった。




