1. 嘘
エトウが今晩の寝床になる馬小屋に帰ってくると、パーティーメンバーのラナが姿をあらわした。
「……エトウ、こんなに遅くまでどこに行ってたの?」
ラナは少し言いにくそうにエトウに尋ねた。
「町の外まで魔物を狩りに行っていたんだ。どうした? なにか用だったのか?」
「魔物狩りって……。なんでそんなことしてるの? 私たち、今日の夕方、この町に到着したばかりじゃない!」
ラナの強い口調にエトウは驚いた。
だが、一人で行っている魔物狩りのことを話したことはなかったため、こういう反応をされるのも仕方がないかもしれない。
「いや、そうなんだけど……。勇者様は俺に報酬を渡してくれないからさ。食費だけでも稼がないと」
エトウは恥ずかしさを覚えながらも、できるだけ軽い口調で町の外に出ていた理由を説明する。
ラナはそれを聞くとうつむいて黙り込んだ。
勇者様に働きが認められず、報酬を渡してもらえないことをラナに知られるのがエトウは嫌だった。
報酬ばかりではない。宿の部屋もとってもらえず、仕方がないのでエトウは宿の主人に頼み込み、安い料金で馬小屋の一角を借り受けたのだ。
エトウが勇者パーティーに合流してから二年が経つ。パーティー内での扱いは段々とひどくなり、この一年ほどは無報酬で宿にも泊まらせてもらえない状況が続いていた。
「私……、聞いてるからね……」
ラナはいつもよりも低い声で話し始めた。顔はうつむいたままのため、彼女がどんな表情をしているのかエトウにはわからない。
「聞いてるって、俺が報酬をもらっていないことか?」
「違うよ!」
ラナは強く言い返した。
「エトウがいろいろな町で女の人と遊んでいること! それでお金を使っているから、いつも金欠なんでしょ? 勇者様に何度も注意されたらしいじゃない。それなのにエトウが女の人と遊ぶのを止めないから、罰として宿屋の部屋をとってもらえないって!」
エトウはラナがなにを言っているのか分からなかった。
自分が女遊びをして金を使っている? 満足な食事すらできないほど金欠なのに、女遊びなどできるわけがないだろう。
勇者様はなぜそんな嘘をつくんだ。いや、自分を見下しているあの人ならば、遊び半分にそのような嘘をつくこともあるかもしれない。
それよりも同じ村出身で、小さい頃から一緒だったラナはそれを信じたのか? エトウにとってそのことが一番ショックだった。
「なにも言えないんだね……」
エトウがすぐに言葉を返せずにいると、ラナはエトウを置いてその場を立ち去ろうとした。
「ラナ、待ってくれ。俺は女遊びなんかしていないぞ」
「……もう、いいよ。勇者様から報酬を受け取っていないなんて嘘をついて……。エトウにはがっかりしたよ」
ラナはそう言うと宿の入口に向かって歩き出した。
「ラナ! ち、違うんだ!」
エトウは叫んだ。
しかし、ラナは振り返ることなく、そのまま宿の中に入って行った。
「そんな……。なんでラナは俺よりも勇者様の言うことを信じるんだ……」
エトウのつぶやきは誰にも届かず夜の闇に消えていった。