12. 激突
「土の精霊よ、我が願いを聞き届け、邪悪な敵を打ち払いたまえ、アースシェイカー」
それまで魔力を温存していたピュークは、後ろから自分たちを追ってくるゴブリンの群れに向けて土の上級魔法を放った。
すると決死隊から後ろの地面が大きく揺れ始めた。その揺れは次第に激しくなり、ゴブリンたちは立っていることができずに倒れ込んでいる。
そこに四人の魔道士が放った火、水、風、土の上級魔法が襲いかかる。
決死隊の後ろ正面では巨大な炎が渦巻き、左側では大津波がゴブリンを飲み込んでいく。右側のゴブリンたちは風魔法の刃によって切り刻まれ、その外側を含めた広いエリアでは先のとがった石の杭が地面から飛び出してゴブリンたちを串刺しにした。
エトウはこれでしばらく時間が稼げそうだと思った。
決死隊に赤目と長期戦を行う時間はない。時間をかければ後ろからゴブリンの群れが襲ってくるのだ。
赤目との短期決戦に勝利し、ゴブリンの統制がゆるんだ瞬間を逃さずに離脱するのが生き残る唯一の道だった。
決死隊の先頭にいた騎士たちは、一気呵成に赤目に突撃を仕掛けた。冒険者と魔道士たちもそれに続く。
先頭の騎士が槍を高く掲げて赤目へと振り落とそうとした瞬間、それまで見えていたはずの赤目が視界から消えた。
「団長ー!」
魔道士の叫びにエトウが振り返ると、後衛にいたピュークの胸が裂けて血が噴き出していた。ピュークの周囲には魔道士たちがいたが、誰も赤目の接近に気づかなかったようだ。
「なんだ、今のは? 身体能力が高いというレベルではなかったぞ! 速すぎる!」
A級パーティー『光の矢』のゼニートが叫んだ。その視線は注意深く赤目を追っており、危険な敵に警戒レベルを上げたのが分かった。
エトウはピュークの近くに寄ると、デバフ効果のあるスロウをかけた。
「これで血の流れが遅くなり、出血が抑えられます。早くポーションで回復を!」
エトウはピュークのことを魔道士にまかせると、すでに洞窟の前にもどっている赤目を見つめた。
赤目は決死隊の中で最強のピュークを狙ってきた。偶然ではないとエトウは直感していた。
エトウは馬を騎士のすぐ後ろまでそろそろと進めて、赤目にダークを唱えた。
エトウの補助魔法に詠唱は必要ない。ダークと言葉にするだけで射程内に魔法効果が及ぶ。言葉の短いダークはエトウにとって最速のデバフだった。
だが、再び赤目は姿を消したのだ。
決死隊のメンバーが赤目の所在を探す中、エトウの後ろで「ぐっ」というくぐもった声が聞こえた。
エトウが振り返ると、赤目が長い爪でアモーの左腕を刺し貫いていた。その爪の先にはエトウの首がある。アモーが自分の身を入れてエトウをかばっていなければ、エトウの命はなくなっていただろう。
「お父さん!」
アモーと一緒に騎乗しているコハクが叫んだ。
その声に引き寄せられるように、赤目はコハクに目線を移して、にやーと気持ちが悪くなる笑みを見せた。
コハクが危険だと判断したエトウは再びダークを赤目にかけた。今度は、状態異常の効果が出たような反応をしている。
すかさずエトウは「スロウ! グラヴィティ! ペイン!」と赤目にデバフを重ねがけして、火魔法をエンチャントした片手剣を振り下ろした。
剣が赤目に届くかと思われたとき、赤目の姿は一瞬で消えてしまった。
そして、先程まで赤目がいた洞窟付近で、うーといううなり声が聞こえた。赤目はそこに移動していたのだ。
「あ、あれ、は……、転、移、魔法、だ……」
ポーションによってなんとか傷がつながったピュークがつぶやいた。エトウは彼にかけていたスロウをすぐに解除する。
「ピューク様、転移魔法と言いましたか?」
「ああ。あれはヘイストではない……。赤目が消えてから姿をあらわす直前、空間にかすかな魔力の揺らぎを感じた。それは伝説で語られる転移魔法の特徴に合っている」
ピュークはエトウの目をまっすぐに見つめて言った。その表情には危機感があらわれていた。




