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8. 鉢合わせ

「カーブ、どうしてここに⁉ それに、さっきのは風魔法か……?」


 エトウは背中の痛みに耐えながら、なんとか立ち上がることができた。

 その頃には、五号棟の方から走ってきたコハクとソラノが従者の男に対峙している。


「キキッ!」

「カーブ、ありがとな。でも、もう大丈夫だ。コハク、ソラノ、お前たちも構えを解くんだ」

「でも、エトウ!」

「俺はその人から攻撃を受けた訳じゃない。体が本調子でなかったから、そう見えただけだ。それにその人は侯爵家の従者だから、これ以上はまずい」


 まずソラノが威嚇を解き、左手をコハクの肩に乗せて落ち着くように促した。


「ふぅ。久しぶりの出勤なのにもう絡まれてるなんて、エトウは教会でお祈りをしてもらった方がいいんじゃないの?」


 コハクも構えを解いて呆れたように言った。

 カーブはコハクの肩まで一気に駆け上がると、同意するように「キキッ」と鳴く。


「き、き、貴様ら! この俺にこんなことをして、どうなると思っているんだぁー!」


 コハクとソラノがにらみつけるのを止めた途端、従者の男は大声で叫んだ。


「お前は誰を相手にしたと思っている? エトウにひざをつかせておいて、そのくらいの被害で収まっているなら運がいい」


 ソラノは従者の状態を確認すると遠慮のない口調で言い切った。


「な、なんだとぉー!」


 怒鳴り声をあげる従者を見て、さすがにエトウも不快な気持ちになる。

 エトウを傷つけるつもりがなかったとしても、手を出してきたのはその男なのだ。

 従者の主人であるはずのベイルートは、後ろに控えたまま状況を眺めているだけだった。


 このような従者を連れている時点で、侯爵に期待するだけ無駄かもしれないが、貴族の中には使い勝手のいい駒として乱暴者を雇っている者もいる。

 エトウは、ベイルートに対する評価を保留にしながらも、あまり関わりを持ちたくない相手として記憶した。


「コハク、ソラノ、お前たちは五号棟に向かったよな。どうしてここにいるんだ?」


 エトウは従者を無視して二人に尋ねた。


「えーとね。五号棟で、めずらしい人を見てね。案内を頼まれたんだ」

「めずらしい人?」

「うん。聖女様と聖騎士のリーダーだよ」

「なっ……⁉」


 コハクは顔を近づけて、エトウにだけ聞こえるようにささやいた。

 驚いたエトウが五号棟の方に目を向けると、確かに聖女キーナレーンと聖騎士ソールトがこちらを見つめている。

 その他にも幾人かの聖騎士が、キーナレーンを守るようにつき従っていた。


「あっちの用件も、アンドレア部隊長か?」

「そうだよ。じゃあ、この人たちも?」

「ああ」


 ベイルートやキーナレーンを、いつまでもこの場所に放置しておく訳にはいかない。

 エトウがアンドレアを呼びにいくことを考えていると、一号棟の出入り口から数人の騎士が外に出てきた。

 その中にアンドレアの姿がある。


「ベイルート侯爵、それにエトウ殿まで⁉ 一体どういった状況なのですか?」


 アンドレアは異様な雰囲気を感じ取り、事態の説明を求めたのだった。


☆☆☆


 アンドレアはエトウたちを一号棟の応接室に案内して着席を促した。


「なにが起きたのかは分かりました。ベイルート侯爵の従者が、エトウ殿に突っかかっていったのが原因ですね」


 腕を組んで立ったままのアンドレアは、そう言って一同を見渡す。


 従者の男は馬車に残った。カーブの風魔法でできた傷は浅く、騎士団所属の医師が手当てを済ませている。

 従者は、馬車に置いてあった外套をまとい、憮然とした表情でエトウたちを見送った。


「あのエトウ殿とは知らずに、私の従者が大変失礼した。どうか許してほしい」


 ベイルートは立ち上がり、エトウに向かって頭を下げた。

 部屋にいた一同は驚きの表情となったが、エトウは複雑な気持ちだった。


 侯爵が一介の冒険者に頭を下げたとなると、これを無視すればエトウの方が非難されてしまうだろう。

 だが、ベイルートはいくらでも従者を止めることができたのだ。

 彼は現在の状況を敏感にとらえて、頭を下げた方が得だと考えているのではないだろうか。

 そのいかにも貴族らしい身の処し方に、エトウは納得ができないものを感じたのだ。


 このところ、ステインボルトやカマランを始め、アンドレアや同僚のサリーナなど、貴族であっても言動が清々しい者たちとつき合ってきた。

 彼らと比べると、ベイルートの行為はいかにも打算的で小利口なものに見えてくる。


「従者の方に、私を傷つける意図がなかったことは理解しています……。これで水に流すことにしましょう」


 エトウは本音を抑えて、ベイルートの芝居じみた態度を受け入れることにした。

 マーレーや聖女一行、帝国の策略など、気にしなければならないことはたくさんある。

 体の調子が万全でないエトウは、これ以上の面倒事に関わる余裕はなかったのだ。


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