6. 圧力
ノエガー伯爵家の別邸では、聖騎士団の定例会が開かれていた。
通常ならば、キーナレーンが見守る中、それぞれの任務についての報告が行われ、彼らの指導者であるソールトによって問題点が指摘されていく。
そして最後に今後の方針が発表されて解散となるのだが、今回はいつもと様相が違っていた。
「ソールト様、あいつらのやり方は、どうにも我慢がなりません! 我ら聖騎士のことを、キーナレーン様の腰巾着だと言ってのけたのですぞ!」
「こちらが手を出さないのをいいことに、嘲るように笑いおって! 騎士どもめ、覚えていろ!」
「そもそもなぜ我らが、あのような無礼な態度に我慢を続けなければならないんだ! 売られた喧嘩は買えばいいではないか!」
「同感だ!」
「俺もだ!」
会議室の聖騎士たちは、まるでソールトに教育を施される前にもどったかのようだった。
気持ちばかりが先走り、口調や態度がすぐに荒くなる。そして、自分たちの置かれた状況が見えていない。
彼らは血筋としてはエーベン公国の貴族であるが、すでに家は没落しており、平民として生活していた。
ソールトの教育によって身につけた礼儀作法は、ベール騎士団への怒りとともに、どこかへ消えてしまったようである。
「まぁ、待て」
ソールトが一言口に出すと場が静まった。
「お前たちも分かっているだろうが、ベール騎士団がやっているのは単なる嫌がらせであり、我々への挑発行為だ。ここで向こうの思惑どおりに暴発してしまったら、拘束されて取り調べを受けることになるぞ。運が悪ければ、拷問めいたこともされるかもしれん」
「ソールト様、まさかそこまではしないのでは? 我らは聖女様を守る聖騎士ですぞ」
「あやつらは我らが帝国から来たことを知ったと思う。そうでなければ、これほど露骨に挑発行為を繰り返すはずがない。だが、確かな証拠もなければ、我らの目的についても分からぬままなのだろう」
ソールトは、騎士団の少将であるゴロー・ウィンストンの顔を思い出していた。見え透いた挑発行為だが、こちらにストレスを与えることには成功している。
会議室にいる部下たちは、自分たちの正義を信じて疑わないといった表情だった。
ソールトは、自分たちの立場をあらためて確認しておく必要があると感じていた。
「我らはこのベールで地盤を築き始めている。キーナレーンの存在感も日に日に増していることは間違いない。だが、我々はどこまでいっても王国の敵であり、この土地に住む者にとっては侵略者なのだ。騎士団が見せている態度は、彼らの立場からすれば正しい。不穏分子である我々の真意を探り出そうというのだろう」
「それではソールト様は、あやつらの態度を黙って受け入れろと言われるのですか?」
「受け入れる必要はない。しかし、大志を叶えるためには、耐えなければならないときもある。お前は、我らの先祖が百年間も耐え忍んだエーベン奪還の夢を、一時の怒りで台無しにするつもりか?」
「それは……」
「他の者たちはどうなのだ?」
「……」
「とにかく、むざむざと騎士団の罠にはまるようなことは許さん! 自分自身の言動には十分に注意するように!」
ソールトが諭したことで、ほとんどの者は自らの行き過ぎた言動に気がついた様子だった。
だが、いまだに怒りの表情が消えない者も残っている。
騎士として誇り高くあれ。
ソールトが彼らに繰り返し教えたことが、ここにきて裏目に出ているようだった。
☆☆☆
定例会でベール騎士団への不満が噴出した数日後、ソールトとキーナレーンは貴族からの治療依頼についての検討を執務室で行っていた。
そこに聖騎士のまとめ役を務めているマッシュが険しい表情であらわれた。
「ソールト様、ご報告がございます。町へ買い出しに出ていたテリーが、ベール騎士団に拘束されました」
「拘束だと……⁉ 一体なにがあった?」
騒動のきっかけは、テリーが荷馬車とぶつかりそうになった女性を助けたことだという。
女性がテリーにお礼を伝えていると、数人の騎士がやって来て、現場での事情聴取が始められた。
始めは通常の事情聴取だったのだが、次第に質問の内容は聖女一行についてのものに変わっていった。騎士の言葉づかいも横柄なものになったそうだ。
さらには、半ば無理やりにテリーを騎士団施設まで連れていこうとしたという。
それまでベール騎士団から監視され、不愉快な言葉を投げつけられていたテリーは怒りを抑えることができなかった。
それにテリーはまだ二十代前半と若い。血気盛んに騎士たちに食ってかかったらしい。
テリーに同行していた仲間が必死でいさめようとしたのだが、激昂したテリーは騎士の一人を殴りつけてしまった。
「それでテリーはどうしたのだ?」
「はい。騎士たちに連行され、取り調べを受けています」
「テリーに同行していたのはお前か、サム?」
ソールトは、話に参加せずに扉近くでうなだれている男に声をかけた。サムはテリーと同年代で、よく行動をともにしている。
「……はい。定例会でソールト様から自重するようにお話があったばかりなのに、このようなことになりまして申し訳ありません」
「お前まで連行されなくてよかった。もしそうなっていたら、我らは事情を知ることもできなかっただろう。その場でお前が耐えたおかげだ」
「ソールト様……」
ソールトにねぎらいの言葉をかけられても、サムの表情は険しいままだった。テリーを騎士団に連行されてしまった責任を感じているのだろう。
「マッシュ、若い者たちが無茶をしないように釘をさしておけ。町への買い出しについても、屋敷の使用人にまかせてしまって構わない。外での任務には、お前が選んだ者を行かせるように手配しろ」
「はっ。まとめ役をおおせつかっていながら、このような事態を招きまして申し訳ございません」
「マッシュよ、これはお前の責任ではない。若い者たちの憤りに応えてやれなかった私の責任だ。サム、テリーのことはこのソールトにまかせよ。近いうちに必ず取りもどしてみせる。だから早まったことはするなよ」
「はっ。どうかよろしくお願いいたします」
マッシュたちが部屋から退出すると、キーナレーンが口を開いた。
「私にも協力させてください」
「キーナレーン、このような仕事は我らの役目だ。お前が無理をする必要はない」
「はい、十分に理解しているつもりです。ですが、私がご一緒すれば、騎士団の方も力ずくで物事を進めるのは難しくなるのではありませんか?」
「それはそうだが……」
「ソールト様、私は自分も聖騎士団の一員だと思っています。お役に立てることがあるなら、協力させてください」
キーナレーンは立ち上がり、ソールトに深々と頭を下げた。
「分かった。同行を許そう。まずはノエガー伯爵に事態を報告して、相談に乗ってもらうつもりだ。準備を整えよ」
「はい! 願いを聞き入れてくださって、ありがとうございます」
キーナレーンはにっこりと微笑むと、準備を整えるために部屋を出ていった。
ソールトは小さなため息をつくと、ノエガー伯爵に面会を願う手紙を書き始めた。




