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23. 諜報員からの報告

 エルベン帝国第一王子アーキルが執務室に入ると、側近を務めるバリスが待っていた。


「おはようございます、アーキル様」

「うむ」

「今朝は取り急ぎご報告したいことがございます。よろしいでしょうか?」

「構わん。エーベン辺境伯領の件か?」

「はい。ソールト・エーベンが帝国から連れ出した少女が、ベール大聖堂にて聖女の認定を受けました」

「なんだと……?」


 それはアーキルにとって想定外な事態だった。

 王国に潜ませた諜報員からの報告では、ソールトたちは聖女を護衛する聖騎士団を名乗っているという。


「聖女の名前はキーナレーンといい、ベールの中央広場で回復魔法による無償の治癒行為を始めています。ベールにおいて、聖女キーナレーンといえば相当な評判になっているようです」

「……ソールトの奴め。我らにも聖女の存在を隠し切るとはな」

「聖女の存在を秘匿し、さらには国外に連れ出すなど、明らかに帝国への背信行為です。聖女だけでも連れもどすという方法もございますが、いかがいたしましょうか?」


 アーキルはイスから立ち上がると、気持ちを静めて考えをまとめるために窓外の景色を眺めた。

 執務室のある二階からは、階下の庭園が一望できる。

 そこでは幾人かの庭師が黙々と立ち働いていた。


 ソールトのねらいはなにか?

 エーベン地域の奪還であることは間違いない。

 そのために、聖女をどう使うつもりだ?

 治療行為で人を集めているということは、自分たちの味方を増やし、ベールにおいて存在感のある組織になろうとしているのかもしれない。

 なぜ我らに聖女の存在を隠した?


「我がソールトであれば、せっかく見つけた聖女を誰かに奪われたくはない。そもそも聖女を見つけたからといって、国への報告義務などないはずだ」

「それは、そのような事態が想定されていなかっただけです。職業判定の儀式が通常どおり行われれば、帝都へ召し抱えられることになったでしょう」

「田舎の村では、子供に職業判定の儀式を受けさせない親も少なくないと聞くぞ」

「それとこれとは話が違います」

「まぁ、待て。考え方を変えてみるのだ。ソールトは聖女を発見し、これまで保護していた。そして、その価値を最大限に発揮できる場面、つまりベール大聖堂における職業判定の儀式にて、聖女の存在を公にしたのだ。辺境伯領は大騒ぎとなっているだろう。なかなかの手腕ではないか?」

「彼らの任務は秘密裏に動いて、エーベン辺境伯領を弱体化させることです。ベールで有名になることではありません。ここまで知名度が上がってしまっては、隠密活動などできなくなります」


 バリスは苦々しい表情だった。

 ソールトの勝手な行動のために、今回の計画は大幅な変更を余儀なくされるだろう。


 エーベン辺境伯領までの距離を考えると、こちらから逐一指示を出すのは現実的ではない。

 それにソールトが命令を素直に受け入れるかも分からないのだ。

 つまり、作戦の行方はソールトの行動次第となったのである。


「ふむ。ソールトはベールで地盤固めをしたいのだろうな。そうでなければ、聖女認定や無料の治療行為でわざわざ目立つ意味がない。しかし、その後はどう動く? ベールで一定の立場を確保できたとして、それが祖国の奪還につながるとは思えん」

「まさかとは思いますが、王国に寝返った可能性も考慮しておく必要があります」

「帝国の計略を明かし、聖女をも献上することで、王国から狭い領地でも得るというのか? 帝国にはあの者たちの親兄弟が残っているのだぞ。すべてを犠牲にするには、見返りが少なすぎる。祖国を取りもどしたいと語ったソールトの意思とも合っていない」


 アーキルは、ソールトが王国への潜入作戦を即座に引き受けたときのことを思い出していた。

 そのときの表情や声音、自分に向けてきた強い視線に嘘があったとは思えない。


「しかし、もしもということも考えられます。被害を最小限に抑えるには、作戦を一旦止めることも選択肢の一つかと」

「バリス、我をいさめる役柄を演じるのもよいが、お前自身の意見を言ってみよ」

「……アーキル様には見透かされてしまいましたか」

「ふっ。構わん。思うところを申してみよ」

「はっ。私の意見としましては、この状況を利用しない手はないと考えています。王国がブルタニア山脈にできた抜け道に気がつく前に、さらなる諜報員を送り出し、我が国の影響力を強めておきたいところです。現在、抜け道の帝国側には砦の建設が進んでいます。そこに兵を集めるとともに、ソールトたちと連携して、王国へと攻め入る時期を探るのがよいかと思います」

「我が砦に入れば、ソールトたちに指示を与えるのも容易になるな」

「はい。ただ、一つ問題がございます」

「なんだ?」

「今回のこと、皇帝陛下にどのようにご報告されるおつもりですか?」

「うーむ。まんまと騙された我が説明しても、言い訳にしか聞こえぬだろう。ソールトめ、面倒をかけよって」


 困った表情になったアーキルは普段の大人びた様子とは違い、年齢相応の子供らしさが出ていた。


「アーキル様、今回の作戦でソールトに申しつけた注文は二つ、エーベン辺境伯領の弱体化と、王国西部で活動しているという勇者の力がどれほどのものかを確認することです。勇者の強大な力は、この先帝国の脅威になる可能性があります。聖女は勇者をおびき出すエサということであれば、陛下にも納得して頂けるかもしれません」

「うむ。バリス、その線でいくことにしよう」

「アーキル様は、ソールトの罪を問うおつもりはないのですね?」

「我がソールトに要求したのは、先程お前が言った二つだけだ。それらの目的を達成できるならば、エーベン地域奪還のために存分に力を振るえと言ってある。あやつは聖女の存在をも利用しながら、ここまでうまくやっているのだろう?」

「確かにそのとおりですが、聖女の件は問題になるでしょうね」

「陛下には、なんとかご理解頂ければよいが」


 これからの方針が決まり、アーキルは自分のイスに腰かけた。

 バリスは事前に人払いをして執務室から遠ざけていた人員をもどす。


「うっ!」

 そのとき、アーキルが胸を抑えてうめき声をあげた。

「アーキル様、いかがなされました?」

「ぐっ、うううっ」

「いかん! いつもの発作だ。メイナード様をお呼びしろ!」


 執務室にもどってきたばかりの護衛騎士が部屋から飛び出していく。


「アーキル様、お気を確かに!」

 バリスは、ぐったりとテーブルに突っ伏しているアーキルに声をかける。

「うう、がぁぁぁ!」

 アーキルは苦しそうな叫び声をあげると、弾けるようにイスから立ち上がり胸をかきむしった。

「アーキル様!」

 バリスは、アーキルが自らの体を傷つけるのを止めるためにその体を抱きしめる。

「うがぁぁ!」

 バリスの拘束から逃れようと叫び声をあげながら暴れていたアーキルだったが、しばらくすると意識を失って動かなくなった。

「なんだ、これは……」


 アーキルの体を支えながらバリスは確かに見た。

 その体を覆う魔力が不自然に揺れ動くのを。

 やがて魔力は部屋の隅で人の立ち姿のような形をとり、その口元が笑うように裂けていった。

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