8. 職業判定の季節
ベール大聖堂から外に出てきたフランチェスコ司祭は、強くなり始めた日差しに目を細めた。
午前中にもかかわらず、辺りの空気は熱せられて息苦しさを覚えるほどだった。
司祭は大聖堂前の階段へと視線を移す。熱気の原因は夏の日差しだけではないようだ。そこには、右に左に蛇行しながら長く続く行列ができあがっていた。
行列を作っているのは、その大半が田舎から出てきた十五歳の少年少女たちである。引率の者に付き添われ、おそらくはこの日のために仕立てられた一張羅を着ていた。
彼らの中には、初めて村の外に出たという者も少なくないのだろう。
ふざけあって叱られる者や、落ち着かない様子で周囲をキョロキョロと見回している者もいて、司祭にとっては夏の風物詩ともいえる微笑ましい光景だった。
「今年もこの季節がやって来ましたね」
大聖堂から出てきたテイヤール牧師は司祭に話しかけた。
「ええ。彼らにとっては、自分の将来にかかわる一大事です。我々も気を引き締めねばなりません。聖堂内の準備は万端でしょうか?」
「はい。カミーユ助祭様が万事取り仕切っておられます。もう間もなく、最初の一人の職業判定が始められるはずです」
「そうですか」
エーベン辺境伯領に司祭は一人のみである。フランチェスコ司祭が、教会の最高責任者として、地域の教徒たちをまとめていた。
司祭には補佐役となる助祭がつけられていた。
助祭がいることで、もしも司祭になにかあった場合でも、教会の業務が滞るのを避けることができる。
助祭は次期司祭候補でもあり、司祭の仕事を見て覚えながら経験を積んでいくのだ。
カミーユは、三人いる助祭の中でも次期司祭の最有力と噂されている。今回、職業判定の責任者となったことで、その声はさらに高まるだろう。
フランチェスコ司祭は、一歩引いた立場からカミーユの立ち居振る舞いを観察しているようだった。
「それにしても本当によろしかったのですか?」
テイヤール牧師は声を落として尋ねる。
「カミーユ助祭のことでしょうか? それならば、実力や周囲の支持を見ても、彼にまかせるのが妥当だと判断しました」
「いえいえ、そうではありません。司祭様のお気持ちの話です。職業判定のお役目をお譲りになるのは、もう少し先でもよかったのではありませんか?」
「ふふふ。私ももう年ですからね。わがままをいつも通していては、老害などと言われてしまいます」
聖職者にとって職業判定の儀式は、女神の声を受け取ることができる貴重な場である。
世間では仕事に役立つような職業がもてはやされる傾向があるが、本来はあらゆる職業が女神からの贈り物と伝えられているのだ。
フランチェスコ司祭が、女神・勇者関連の事柄に強い関心を寄せているのはよく知られていた。
なにしろ司祭は、賢者のエトウとともに戦いたいという子供のような理由で、アンデッド討伐作戦の最前線に立ったのである。
その司祭が職業判定の儀式を助祭に譲ると言い出したとき、周囲は大いに驚いたものだ。
もしかして病気の兆候でもあったのかとテイヤール牧師は心配になり、司祭につき従っている小者たちに確認したほどだった。
「職業判定の儀式が、つつがなく次の世代に引き継がれていくことが重要です。カミーユ助祭ならば、安心してまかせられます」
司祭の表情には穏やかな笑顔が浮かんでいた。
「なにをおっしゃいますか。司祭様はまだまだお元気でしょうに」
「ふふふ。そうですね。まだ隠居するには早いです。テイヤール牧師を鍛えて、ゆくゆくはベール教会を背負って立つような人物に育てなければなりませんからね」
「私がですか?」
「ええ。世代交代が進んでいくのですから、あなたにも助祭を目指してもらいます。私の世話ばかり焼いていては、周りからやっかまれるだけですよ」
「はぁ。司祭様がもう少しご自重くだされば――」
「ゴホン、ゴホン。さぁ、テイヤール牧師、行列が乱れ始めたようですよ。私たちも整理のお手伝いをしましょう」
「あっ、司祭様。話の途中ですよ。お待ちください」
フランチェスコ司祭は、テイヤール牧師を残して階段を降りていった。
いつものように小言をかわされてしまった牧師も、やれやれという表情でその後を追いかける。
夏の日差しが肌を焼く。
田舎から出てきた若者は、体温調節の衣類を着ていない。汗をかきながら、それでも笑顔ではしゃいでいた。
「只今より職業判定の儀式を始めます。今回判定を受ける方は、順番に大聖堂の奥へ進んでください。大聖堂は神聖な建物です。中では大声を出さないようにお願いします。それでは先頭の方、どうぞ中へ」
大聖堂の入口にあらわれた女性の牧師は、儀式の始まりを待っている者たちに声をかけた。行列がゆっくりと前へ進み始める。
若者が目を輝かせるのを大階段の中程から見ていたフランチェスコ司祭は、職業に対する彼らの希望が少しでも叶えられるように祈りを捧げるのだった。




