18. ミレイと『試しの儀式』
「ふふふ。どうしてこんな昔のことを思い出したのでしょうね。この部屋のせいかしら」
大樹の内部にある儀式の間にて、影からの絶え間ない魔法攻撃をシールドでそらしながら、ミレイは自嘲的な笑みを浮かべた。
幼い頃のミレイは、貴族の嗜みであるお茶会や夜会などにはほとんど出席せず、魔法の勉強と訓練ばかりの日々を送っていた。
両親はもう半分諦めているようだったから、ミレイにとっては都合がよかったのだ。
十五歳で魔聖に選ばれたときにはさすがに驚いたが、すぐに自分ならば当然だろうという気持ちになった。
その高く伸びた鼻を根本から叩き折ったのが、魔法師団団長のピュークだったのだ。
「マリーとの記憶は、いわば私が魔法を使う原点。そして、ピューク様の存在は、魔法で一番を目指すことを決めた大元ですわね」
ミレイは影との距離を測っていた。
攻撃魔法は相手との距離がもっとも重要になる。
特に全属性を使うピュークの場合、それぞれの魔法が最大の威力を発揮する場所で敵に当てなければ、ダメージは半減するのだ。
これが距離をとって戦う魔道士の弱点だった。
距離によって、相手が使う攻撃魔法をある程度予測できるのだ。
コツをつかめば、相手を誘うことで魔法を限定することも可能だ。
中距離と遠距離のちょうど中間あたり、中途半端な距離にミレイは留まった。
射程の短い魔法は威力がなくなり、射程の長い魔法は、距離感が合わないせいか、命中精度が格段に落ちる。
その距離では、上下左右から時間差で迫ってきた影の魔法が、ほぼ前方のみに限定された。
影は射程をほぼ無視できる水属性の上級魔法アクアウェイブを放った。
大波がすべてを押し流すピュークの得意魔法である。
「このときを待っていましたわ!」
ミレイは、影と攻撃魔法が前後に重なり合う瞬間を待っていた。
そのために中途半端な距離に留まり、影がアクアウェイブのような大技を出すのを誘導したのだ。
「黒炎よ、大槍となってすべてを焼き尽くせ、ヘルフレイム!」
参考にしたのはロナウドの剣技ライトスピアだった。
魔物の軍勢を縦に斬り裂く剣技を、自らの極大魔法ヘルフレイムに応用したのだ。
ミレイの両手から放たれた漆黒の炎は、アクアウェイブの大波を突き抜けて術者である影を襲った。
影は反射的に避けようと身を翻したが、左半身に黒炎がまとわりつき、一斉に燃え上がる。
ミレイが両手を左右に広げると、大波までもが黒炎に包まれて消えていった。
「これで終わりね」
ミレイは再び両手を影に向けて突き出した。
黒炎は影の全身に燃え移り、その姿が消えるまで燃え続けた。
「魔法師団団長の座は、必ず奪い取ります」
ミレイは消えていくピュークの影に宣戦布告をしたのだった。
「とんでもない火魔法使いだな。大波まで丸ごと燃やし尽くすとは」
姿をあらわしたカミーラは呆れ顔をしていた。
「火よりも水の方が強いと思っていましたか? 魔法対決では、そのような常識にとらわれた者が負けるのですわ」
「なるほど。お前の相手はピュークといったか?」
「ええ。ピューク様は王国魔法師団の団長を務めておられる方です。あの影よりも、もっと強くなっていると思います」
「そうか……王国の魔法技術は、エルフの先を行っているようだな」
「どうでしょうか? ピューク様は特別ですわよ。もちろん私もですが。私はライバルたちを蹴落として、いずれは魔法師団団長の座を手に入れるつもりです」
ミレイは魔法対決で煤けた顔で笑った。
自分が団長の座を得ることを、微塵も疑っていない様子である。
「どうしてそこまで地位にこだわる? 魔聖に選ばれただけでは不満なのか?」
「魔道士を志したからには、そのトップを目指すのは当然のこと。魔法で負けた相手が、魔法師団団長だったというだけですわ。それに、先人たちが築いた魔法の塔を、私ならばさらに上へと積み上げることができます」
「ふむ。お前ほど迷いのない者はめずらしい。魔聖ミレイ、『試しの儀式』の突破をここに認める。おめでとう」
「ありがとうございます」
ロナウドを支えて、ラナたちとともに世界の危機を救うこと。
そして、ピュークを倒し、魔法師団団長となること。
ミレイの目標はいつも明確だった。
自分の迷いのほとんどは、マリーと別れて魔法を志したときに置いてきてしまったのかもしれない。
もしそうならば、悔しいけれど今の私があるのはマリーのおかげだとミレイは思っていた。




