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6. 剣を振るう理由

 ロナウドが『試しの儀式』の部屋から出てくると、扉付近で待っていた若いエルフが頭を下げた。


「皆さんがいる応接室までご案内します」

「……頼みます」


 短い廊下の先に応接室の扉があった。

 ロナウドが部屋の中へ入ると、ミレイとラナが安心した表情になる。


「心配かけたようだな。儀式を一日で終えることはできなかった。明日、またここに来る」

「そうですか。ケガがないようでよかったです。『試しの儀式』は、じっくりと腰を据えて取り組みましょう」

 ミレイが言った。

「お疲れのようですね。少し休んでから帰りますか?」

 ロナウドの落ち込んだ雰囲気を感じ取ったのか、ラナが休憩をとることを提案した。


「いや、大丈夫だ。今、どのくらいの時間だ?」

「夕方です。ロナウド様は昼食をとっていませんね。なにか食べる物をご用意します」

 里長のボヘルがロナウドの質問に答えた。

「ボヘル殿、お気遣いありがとうございます。ですが、今は食欲がないので大丈夫です」

「そうですか。それでは里の方へもどりましょうか」

 ボヘルは儀式のことにはふれずにソファから立ち上がった。


『試しの儀式』は、長年修行を積んだエルフでも数日をかけて行われるものだ。一日で終える者など滅多にいない。

 ロナウドはボヘルからそう聞いていた。


 だが、自分の場合はその内容が問題だった。

 大樹の精霊カミーラが言ったことは、ロナウドの今の状態をまさに言い当てていたのである。


☆☆☆


 ロナウドはミレイやラナと一緒に夕飯を済ませると、早々に自室へと引きあげた。

『試しの儀式』の内容を他言無用にしたのはよかったかもしれない。

 カミーラとのやりとりを二人に話したいとは思わなかった。


 出窓の縁に腰掛け、外の景色を眺める。

 淡い魔道具の光が、家々の玄関や足場になる太い枝、木々の間に作られた連絡通路など、至るところに置かれていた。

 その幻想的な光景も、ロナウドの気持ちを慰めてはくれなかった。


「悪夢から逃れるように、聖剣を振り回しているだけ……。そのとおりだな」

 カミーラの言葉は図星を突いていた。

「私が剣を振るう理由か……」


 幼い頃は強くなりたかった。

 母のために、父を振り向かせるほどの力を求めた。

 それは両親に仲良くしてもらって、母の喜ぶ姿が見たいという子供の願いである。


 しかし、その気持ちは母の不倫現場を見た瞬間に粉々に砕け散った。

 そのときから自分は剣を振るう理由を失ってしまったのかもしれない。


 その後、勇者に選ばれ、王国のため、民のため、剣を振るってきた。

 戦うことに大義名分を得てからは、勇者として求められることをしていれば安心できた。


 だが、周りの要望に応えるだけの毎日を送っていると、胸の奥ががらんどうになったような気持ちになった。

 自らの意思や感情が見えなくなったのだ。


「個の強さにこだわり始めたのも、その頃だったな」


 今ならば分かる。

 勇者という称号にもたれかかって、外面だけを取り繕っていたが、実際の自分は剣を振るう理由をなくしたままだった。


 そんな情けない自分をごまかすために、個の強さへの執着という歪な感情が生まれた。

 当時はそれが歪なものなどとは思わず、正しいことだと本気で信じていた。


 すがりつくように求めた個の強さは、自らの戦闘力を向上させたかもしれない。

 しかし、そこに執着した結果、エトウの本当の力を見誤り、彼を差別的に扱って、最後にはパーティーから追い出すまでに至った。


 ほんの数年前のことだが、そのときの自分はあまりに傲慢だった。

 勇者パーティーはこうあるべきだという自らの考えが、唯一絶対のものと思い込んでいたのだ。


 パーティーを抜けたエトウには模擬戦で完膚なきまでに叩きのめされ、その後の攻城戦では補助魔法の有用性を思い知ることになる。

 自分の弱さと間違いをまざまざと見せつけられたのだ。


「個の強さへの執着が間違いであれば、自分が剣を振るう理由はなくなってしまうな……」

 ロナウドは自嘲的な笑みを浮かべてうなだれた。

「自分には、なにがある?」


 その問いの答えを、『試しの儀式』の中で見つけ出さなければならなかった。


☆☆☆


 次の日から、ロナウドは毎日神殿へと通い、『試しの儀式』を行った。


 しかし、一週間が過ぎても初日とまったく同じ状況だった。

 ロナウドの精神的な疲労を考慮に入れれば、条件は段々と悪くなっている。


「少し話をしてやろう」


 息を乱して座り込んだロナウドの隣に、カミーラは音もなくあらわれた。

 エトウの影はすでに消えている。


「そんなことよりも『試しの儀式』を――」

「まぁ、聞け。前勇者であるシーラの話だ。ティアムが残した記憶のかけらを見たのだろう? シーラは天魔王となったティアムと戦う前に、『試しの儀式』を受けにきたのだ」


 シーラの話と聞いて、ロナウドも興味を持った。

 ロナウドは記憶のかけらを見た後、ティアムのことを何度も思い出しては、魔王について考えていたのだ。


「シーラが相対した影はティアムだった。シーラはエルフの里に来る前に、天魔王の正体がティアムであることを確信していたようだ。姿形があれほど似ていて、攻撃方法も同じなのだから、シーラでなくても気がつくだろう。シーラはここで幾度もティアムの影に挑んでいた」

「シーラは……ティアムの影を倒せたのですか?」

「ああ。倒してから、天魔王の討伐に向かった。どうやってシーラが影を倒したのか知りたいか?」

「……いえ、それは自分で見つけます」

 カミーラは深くうなずいた。

「それでいい。シーラにはシーラの答えがあったように、ロナウドにもきっと答えがあるはずだ」


 その日の儀式でも、ロナウドは影を消し去る一太刀が放てなかった。


「明日一日は儀式を休みとする。結界を張るので、お前たちは神殿に近づけない。分かったな」


 カミーラはそれだけ言うと、ロナウドの返事も聞かずに姿を消してしまった。

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