2. 奴隷商人タマラ
エトウは場違いな所に来てしまったと後悔していた。
ギルドマスターは、なぜこんなすごい店を自分のような一介の冒険者に紹介したのだろうか。
エトウはそんなことを考えながら、邸宅の玄関口へと歩みを進める執事についていった。
邸宅の中の一室に招き入れられると、紅茶と茶菓子が出される。
腰掛けているソファをはじめ、部屋に置かれた調度品に目立った装飾はなかったが、田舎者のエトウが見ても品良く統一された高級品であることが分かった。
エトウは紅茶を口にする。喉を通った後はほのかな甘い香りが漂うだけで、ほとんど渋みを感じなかった。
茶菓子は砂糖を固めて花の形にした高級品だった。ミレイがよく食べていたなとエトウは思い出す。
すると、それまで感じていた緊張が嘘のように抜けていった。あんな人間がありがたがるものに恐縮する必要はない。その砂糖菓子は上品な甘さでとてもおいしかった。
エトウが紅茶と茶菓子を楽しんでいると、ちょっと年齢がわからない精悍な印象の男性が部屋に入ってきた。その男性は奴隷商館を経営しているタマラと名乗った。
南方地域を出身とする者に特有の浅黒い肌に真っ白な歯がまぶしい。
三十代前半から四十代後半まで、どの年齢を言われても納得するような、若々しさと押し出しのよさ、立ち居振る舞いの美しさを持っている人物だった。
「エトウ様は、サイドレイク様のご紹介ですね。失礼ですが、今を輝く王都の冒険者ギルドマスターと、どのようなお知り合いなのでしょうか? 差し支えなければ教えて頂きたいのですが」
お互いの簡単な自己紹介を終えた後、タマラはエトウとギルドマスターの関係について探りを入れてきた。
エトウは当然のことだと思った。こんな若造がギルドマスターの紹介で奴隷を購入しようというのだ。紹介状だけでなく、エトウがどんな人物なのかも確認しておく必要があるだろう。
エトウは自分がC級冒険者であることや、ワイバーンの単独討伐に成功してお金に余裕があること、自分はソロで活動しているのだが奴隷を購入することでパーティーを組みたいということなどをかいつまんで話した。
「なるほど。しかし、パーティーを組みたいのでしたら、まずはギルドにいる冒険者を誘うのが自然ではありませんか? エトウ様はまだお若い。年齢や実力の近い冒険者を探して、一緒に成長していく道もあるかと思いますが」
タマラはエトウが奴隷を購入する理由についてズバリと聞いてきた。
「ええ、タマラさんのおっしゃるとおりだと思います。ですが、私は以前所属していたパーティーでずいぶんと冷遇されたのですよ。私の得意分野は補助魔法でして、パーティーメンバーに比べると剣や魔法の能力が低かったことが冷遇の原因でした。その経験があるため、他人とパーティーを組むことに及び腰になってしまうのです。ただ、補助魔法はパーティーを組んだときにこそ真価を発揮します。奴隷をパーティーに加えて戦力の増強を図り、それと同時に奴隷契約で自身の安全が確保されるのは、私にとって大きなメリットなのです」
タマラはうんうんと何度もうなずいた。
「このようなことをお尋ねしまして、大変失礼いたしました。エトウ様には是非我が商館をご利用頂きたいと思います。それでは早速ですが、エトウ様のご予算と、希望する奴隷の能力などを詳しくお伺いしたいですね」
エトウは前衛職二人か、前衛と後衛一人ずつの奴隷を望んだ。後衛職は魔道士ではなく弓士が好ましい旨もタマラに伝える。
「エトウ様は補助魔法を得意とされているのですよね? 後衛に弓士を入れると、物理攻撃に耐性がある魔物には対応が難しくなるのではありませんか?」
もっともな意見である。
ここまで冒険者についての知識があるならば、もう少し自分の手の内をさらしてもよいだろう。そうすることで奴隷を選ぶときに助言が期待できる。
「自分は武器への魔法付与も得意としています。いわゆるエンチャントですね。剣に魔力や魔法をまとえば、物理攻撃であっても魔法によるダメージが与えられるのですよ」
「なんと! エンチャントはなかなか使い手の見つからない魔法とされていますよね? エトウ様はパーティーメンバーの武器にもエンチャントが可能なのですか?」
タマラは興奮した様子で訊いてきた。
「ええ、可能です」
「それは素晴らしい! しかし、それは魔法職を避ける理由にはならないのでは?」
タマラは元冒険者なのだろうか。質問が的確でこちらの注意をそらさない。
「味方の能力を底上げする補助魔法は、魔力などを強化するものよりも、筋力やスピードを強化するものの方が高い効果を発揮します。これらは身体能力強化の魔法の上から、重ねがけができるのが大きいですね。戦力の増強としては、魔道士よりも剣士や弓士の上がり幅が大きいと思います」
「なんと! 魔法の重ねがけですか! そんな話は聞いたことがありません。しかし、なるほど、それならば納得です。エトウ様、冒険者であれば秘密にしておきたいことを、話して頂いてありがとうございます。エトウ様のご要望には全力で応えさせて頂きますね」
補助魔法の重ねがけという使い手がめったにいない魔法のことが聞けたことで、タマラは好奇心を十分に満たせたようだ。
ほくほく顔でエトウに対する最大限の協力を約束してくれたのだった。




