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7. ベールのスラム街

 南の砦が解放されてから約四ヶ月がたった三月上旬、リーゼンボルト前領主代理とその一党の取り調べによって誘拐事件の証拠固めが進んでいた。


 リーゼンボルトと上級裁判官テレーロは誘拐してきた者たちを裏工作で奴隷に落とし、奴隷商人のカブスが商品として売りさばこうとしていた。

 カブスが馬車に乗せて王都まで連れてきた者たちは、その第一陣となるはずだったのだ。


 犯行は昨年から始められ、誘拐被害はベール周辺にかぎられていた。

 他領にまで被害が拡大する前に、首謀者たちを捕らえられたのは不幸中の幸いといえるかもしれない。


 誘拐の実行犯は金で雇われた裏社会の人間だった。

 カブスはベール南西にあるスラム街の新興勢力に目をつけて、大金と有力者の後ろ盾という利益を約束することで誘拐を請け負わせていた。


 先日、エトウはアンドレア部隊長に呼ばれ、騎士団が誘拐の実行犯を一網打尽にするために、スラム街の掃討作戦を計画していることを伝えられた。

 そして、エトウたちのパーティーもその作戦に参加してほしいと頼まれたのである。

 エトウはその話を了承した。


 その掃討作戦を二日後に控えた日の夜、エトウはカマランと約束があった。

 仕事の報告で城を訪れたときに、会わせたい人がいるからつき合ってもらえないかと頼まれたのである。


 それが誰なのかは教えてもらえなかったが、カマランの頼みならば聞かないわけにはいかない。

 エトウが民政官として被害者支援の活動ができているのは、カマランの協力によるところが大きいのだ。


 待ち合わせ場所は騎士団施設前の広場だった。

 時間通りにエトウがそこに到着すると、馬車の中からカマランが出てきた。


 その馬車は貴族や裕福な商人たちが使うような高級仕様ではなくて、街中でよく見かける大型で地味なものだった。

 乗り合い馬車ほど使い込まれた様子はなかったが、辺境伯の右腕であるカマランが利用する馬車では決してない。

 なにか事情があるのだろうと、エトウはそのまま馬車に乗り込んだ。


「それでカマランさん、僕たちはどこに向かっているのでしょうか?」

 馬車が走り出してからエトウはカマランに尋ねた。

「エトウ様はベールの赤鬼という言葉を聞いたことがありますか?」


 めずらしく質問に対して質問を返してきたカマランは、微笑みを浮かべながらエトウを見つめる。


「ベールの赤鬼ですか? うーん、聞いたことがありませんね。ゴブリンの親玉かなにかでしょうか?」

「いえいえ、ベールの赤鬼は人間です。ベール裏社会の顔役として知られていますね。私たちが今から会いにいくのが、そのベールの赤鬼なんです」


 また厄介ごとが向こうからやってきた。

 そんな危険な男と会いたくはないが、カマランにはなにか思惑があるのだろう。

 その赤鬼の相手はカマランにまかせて、たとえ目の前においしそうなエサをぶら下げられても絶対に手を出さないことにする。

 エトウは表情に出さずにそう考えていたが、対面に座るカマランはすべてを承知したような顔でにこにこと笑っていた。


 エトウたちの乗る馬車は目抜き通りを東へ進んだ後、すぐに南へ進路をとった。

 窓から外を眺めていたエトウは、ある場所から街の様子が様変わりしたことに気づく。


 補修されずにくずれたままになっているレンガ積みの塀、道の上にまで大きく枝葉を伸ばした庭木、素人があり合わせの材料で建てたような小屋が目に入ってくる。

 道を進めば進むほど家々が荒れていくのが分かった。

 道の整備も行われていないのだろう。路面が悪いため、馬車は時折激しく揺れた。


「スラム街ですね」

 エトウは言った。

「ええ。今夜、私たちが会いにいく方は、スラム街の最奥に居を構えています」

「スラムの最奥……。大丈夫なのですか?」

「はい。ベールの赤鬼さんとは約束をとりつけていますから、今日の私たちはかなり安全ですね」


 馬車がスラム街に入ったあたりから、大通りや路地にこちらを見つめる男たちの姿があった。

 エトウは彼らの姿を確認していたが、敵意を向けられている訳ではなかったため、スラム街とはこういうものなのかと勝手に判断していたのだ。

 どうやら彼らはエトウたちの監視をしているようだ。


「カマランさんは、そのベールの赤鬼とお知り合いのようですね」

「ええ。仕事の関係で何度か顔を合わせたことがあります。油断ならない相手ではありますが、話の通じる方ですよ。スラム街には話の通じない鬼たちもいますからね」


 裏社会の顔役と会わなければならないカマランの仕事が非常に気になるところだが、それよりもエトウは自分に求められているものが分からなかった。


「カマランさん、今夜の私の役割なのですが――」


 エトウが言いかけたとき、馬車が大きく上下に揺れた。

 窓の外を見ると高い石壁が続き、その前で身なりの整った男たちが等間隔に立っている。どうやら警備をしているようだった。

 そのすぐ後に、重厚感のある鉄門の前で馬車は停められた。


 鉄門がゆっくりと開き、馬車は黒服の男たちに誘導されるまま、敷地の中に入って行く。

 敷地内にはもう一つの鉄門があり、二つの門と壁に挟まれた小さな広場のような場所で馬車は再度停められた。


「エトウ様には先入観を持たずに赤鬼と会って頂きたい。そして感じたままを言葉にして頂ければと思います。それでは参りましょうか」


 カマランはそう言うと先導するように馬車から降りていった。


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