「憧れだった」と、彼女は言った。
蝉の鳴き声が聞こえてくる窓際に椅子を引っ張り出し、ちょこんと座る。全開の窓からは、時折涼しい風が入ってくる。
僕は彼女の真似をした。今はもういない、卒業してしまった彼女だ。
高校卒業を迎えて、今年の3月にいなくなったゲーム部の先輩であり、僕の彼女だった人。
「やっぱり、わかんないな」
最後にあの人が、僕に残した言葉。
「憧れだった」
たった一言のそれは、僕を苦しめている。
誰に対しての言葉なのか。誰のことなのか、さっぱりわからない。ずっと考えても考えても答えは出ない。
座ったまま足をガニ股に変えて、スカートをパタパタと扇ぐ。中にスゥーっと風が入ってきて、とても気持ちがいい。
気になって、誰もいないことを何度も確認してしまう。僕は男なのだから、こんなことをしていては、本来ダメなのだ。
「けど、仕方ない」
僕はあの人とのスーパーファミコンのゲームで負けた。いつも負けているけど、自信のあるゲームだったのに、負けてしまったのだ。
その罰として、僕は残りの高校生活を女生徒として過ごす約束をしている。
僕の憧れの人。先輩で、元、僕の彼女。
志望校は同じ大学だ。
もうこの冬で最後か。
女制服を着て過ごすのも、もう1年経ちそうだ。もはやこれに慣れてしまって、男制服を着ると違和感が出るかもしれない。
苦労したなぁ……。初めて女制服を着た時は、部活の女友達に手伝ってもらいながらだった。いつからか一人でできるようになって、恥ずかしくもなくなった。
ぼーっと窓縁に寝そべっていると、一匹の猫が来た。
猫はいいなぁ。
冷たい風が吹き付ける。猫が慌てたようにして、部室の中に入ってきた。
「なんだよ」
この冷風を感じていたい。そう思っていたのに、丸く太った猫は僕を睨む。
言外に、窓を閉めろと言っているようだ。
「これでいいのか、まったく」
窓枠のギリギリのところに頬杖をついて、窓ガラスにホッと息を吐いた。
白く曇ったそれを使い、指先で猫の顔を描いた。
相変わらず絵心は皆無で、もはや猫でもなんでもない。
モデルさんもお怒りのようで、僕の膝の上までよじ登った。
「いいな、お前は。自由で」
まったく、憧れるよ。