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扉開けばラプソディ  作者: 羽元樹
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第1節『天照大神』

 時は西暦1853年7月8日。

 日も暮れようかという夕刻だった。海岸線の向こうに日の日差しを遮る黒い影が4つ視認した。

「……ペリー艦隊……だよな?」

 俺の呟きに隣に立つ万次郎は、小さく喉を鳴らして応える。

 明治維新という結末へと続く幕末の開始を告げる『黒船来航』が、今、俺の目の前に事実として4つの影を浦賀の海に刻んでいた。

 脈打つ鼓動は、手足の震えを齎し、溢れる唾液は口の端から顎への軌跡を描く。

 次第に大きくなる船影に、俺は微かな違和感を覚えた。

 確か、4隻中2隻は蒸気船ではなかったか?

 目を凝らしても、蒸気が上がっている様子はない。

 しかもだ。

 4隻中、1隻は一際大きく、僅かに海面から浮いているように見えた。

 違う。

 俺の知っている歴史と違う!

 腰から力が抜け、情けなく地面に尻もちをつく。

「アマテラス…これを知ってて…?」

 万次郎は無言のまま、俺を抱き上げると俺の目の前に険しい表情を浮かべた顔がそこにあった。

「万次郎、どうしたんだ?」

「危険。屋敷。戻る」

 まるで黒船だった『はず』の船から逃げるように万次郎は俺を抱えたまま走りだした。

 そう。

 それは違和感を具現化した現実から逃避するかのように錯覚させたのだった。



 俺は死んだ。

 それは確かに言い切れることだった。

「令和元年11月2日午前9時23分。…ご臨終です」

 俺の命は活動を止めても聴覚は活動してくれているらしい。

 いつも笑顔の兄の大きな雄叫び。ウザイと煙たがった妹の嗚咽。「おつかれさま」と俺の頭を撫でてくれる父。「生まれてくれてありがとう」と手を握る母。

 あぁ、俺の人生は幸せだったんだ。

 できれば、俺へ向けていた愛情をこれからは自分自身に向けて欲しい。

 いっその事、過去になる俺のことは忘れてくれていい。

 家族みんなが幸せになってくれれば、俺はそれでいいんだ…。


 脳へ流れる血流は途絶え、意識はゆっくりと闇という底なし沼に溺れていく。

 それが『死』であることは微かに理解できた。

 理解してなお、不思議と恐怖はなかった。その先に、きっと何もないのだから。



「って、思うでしょ?あるのです、何か」

 突如、眩しい光。覚醒する意識。

「え…?」

 何もない。いや、光しかない。

 上も下もわからず、浮遊感が支配する。

「死後の世界…??」

「うーん、ちょっとはずれかな~?」

 光の中から若い女性の声がする。それは、神々しく気品を感じる。穏やかさを含んだ声だった。

「じゃあ、俺は生きてる?」

「ううん。死んじゃった。でも、死後の世界というわけでもないの」

 声の主を探してきょろきょろと周囲を見渡してみるが、人の気配はない。

「あ、ごめんね。姿がないとお話ししづらいよね」

 そう言うと光が一か所に集約し、黒髪の白い巫女のような服を着た美しい女性が立っていた。

「初めまして。私は天照大神、アマテラスって呼んでね」

「はぁ」

 外見の年齢は18歳ほどか、幼さの残る顔立ちだが落ち着いた印象を与える。

「アマテラスオオミカミ」

「はい、先ほど聞きました」

 両手の指を頬にあて、エンジェルスマイルを浮かべ。

「アマテラスオオミカミ♪」

「だから、なんなんですか?あぁ、俺の名前は如月勇利っていいます」

「それは知ってるの!天照大神、知らない!?私、こう見えて日本の最高神なんだけど!」

「知りません」

「知ってなお、その態度っ!?」

「大丈夫、なんとかなりますよ♪」

「その前向きな態度が理解できないよ、私っ!」

 目に見えて肩を落として項垂れる最高神。

「で、その最高神が俺になにか用ですか?」

「なんか先生に職員室に呼び出されたような態度が気になるんだけど…本題を言わせてもらうね」

 真っすぐと俺の顔を覗き込む。

「君には、もう一回地上に転生して貰いたいの」

「それって、異世界転生ってヤツですか?チートスキルやチート武器を持って?」

 思わず女神の手を握る。…そういえば、神様って手を洗ってるんだろうか?手を洗う文化とかなさそう。

「失礼なことを考えてるでしょっ!?まぁ、いいわ」

 手をほどくと、ちょっと周囲を気にする。

「私が君の魂を呼び止めたのは、他の神様には内緒なの。明らかにルール違反だからね」

「それだけ、俺の魂に価値があると?」

「ううん。反対。影が薄いからバレないかなって。織田信長とか英霊クラスもいいけど、そういう方々の魂って、ほら、目立つから…」

 今度は、俺が肩を落として項垂れる番だった。

「とにかく、君には日本に転生してもらうね」

「先ほどの口ぶりだと、別に俺じゃなくてもいいんですよね?」

「うん。まぁ、一つの言語を授けるだけだしね。この言語を理解できなかった結果、日本、滅亡しちゃいます」

「結構、責任重大?」

「うーん。素直にただ滅びるのは嫌だなって。だから、滅びても仕方ない中でのことだから、気負うほどのことじゃないの」

「まぁ、それはわかりましたけど、なにかチート能力ってくれないんです?知ってるでしょ?俺は単なる病弱な人間ですよ」

「いい?神の奇跡なんて起こそうものなら、それは重大なルール違反なの。私ができることは、地上でも存在する特徴を付与してあげるくらい」

 転生チート…ということは無理らしい。

「うーん。そうだ、ある程度までいくと成長が止まり寿命がないっていうのはどう?病気にも強いって。斬られたりすれば死ぬけど」

「…まぁ、何もないよりかはいいですけど…」

「ハダカデバネズミみたいなもんだから」

 ネズミなのに不老なのっ!?

 そんなネズミが本当にいるんだろうか…?

「でも、転生したら記憶とかどうなるんです?」

「魂の根底に君の記憶と言語の知識を刻むの。そうすれば、大脳皮質がその形に形成されるわ」

「…あの、わざわざ俺みたいなの捕まえなくても、生まれてくる赤ちゃんに言語の知識だけ魂に刻めばよくないです?」

「言語だけ知ってても、おそらくなぜその知識があるのか意味不明でしょ?その知識が生かされることはないでしょうね」

 面白いゲームを渡されても、説明書がないと意味わからない感じなんだろうか?まぁ、俺、説明書はあまり読まないんだけど。

「よくわからないですけど…何年後の日本に転生するんです?」

「西暦1840年…過去の日本に転生してもらうわ」

 日本が滅ぶって言ったよな…?でも過去?

「行って貰えばわかると思うよ。転生した13年後の1853年の6月末か7月初頭に浦賀へ行ってほしいかな」

「1853年って…戦国時代?」

「え?う、ううん?幕末かな?江戸時代末期」

 今、明らかにアマテラスは動揺した表情を浮かべた!

「この子だいじょうぶかしら?」

 と心の中で思って…

「口にしたっ!?」

「あっ、ごめんね。ちなみに1853年の浦賀にアメリカのペリー提督が蒸気船2隻を含む4隻の艦隊で浦賀沖に現れるの。これが『黒船来航』ね。…まぁ、本来の歴史、ではね」

「本来…?」

 アマテラスは、ゆっくりと右のこめかみに指をあてる。

「本来。いろいろとおかしいんだよねぇ」

「そこらへんの幕末の歴史を言語と一緒に刻んで貰えませんか?」

「う~ん…確実に本来の歴史とは別物の歴史を辿ると思うの。下手に知識を持っていると、その『ズレ』に戸惑うと思うから。あと君、さり気なくIQ低そうだし、おつむパンクしちゃいそうだし」

「最後のヤツが本来の理由な気がします」

 そりゃ、義務教育期間、ほとんど病院に居たんだ!やることないから勉強や本を読むヤツも居たが、俺はもっぱらソシャゲをしていた。

「とりあえず、君は京都御所の近くに生まれるようにするわ。1853年より前に『神皇』という人に会ってね。会えばあなたに協力するように細工するから」

「初めて聞く名前ですね。最高神より偉そうな名前ですけど俺に会ってもらえるんですかね?」

「会うわよ。きっと。あと最高神の方がえらいもん」

 ぷくーっと頬を膨らませる最高神。

「でもですね…やっぱりわからないです。なんで俺なんです?選民思想に囚われる気はないですけど…」

「うん。あなた、重度の心臓病だったでしょ?だから、今度はちゃんと五体満足な…」

「俺は俺の人生に不満はありません!!!」

 自分で自分の声に衝撃を受けた。

「あ、すみません。全力で俺を愛してくれた家族がいるんです。これ以上幸せなことがありますか?」

 目を丸くしていたアマテラスだが、ふいに表情が緩んだ。

「そっかぁ。君なら、きっとやってくれるかもしれないわ。君の瞳は光をみつけてくれるから」

 満面の笑みを浮かべ、俺を優しく抱きしめた。

 暖かさに満たされる。

 そう。

 俺、如月勇利は死んだ。

 ゆっくりと俺はアマテラスの体の中へ溶けていくのだった。


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