涼宮ハルヒの……
この物語は、橋本が橋本に影響力を与えるために、橋本が魂を削って橋本のためだけに物語を紡ぐ小説家を目指す、橋本利一の『インフルエンサーノベリスト』の提供でお送りします。
twitter:@hassiy2
ブログ:『インフルエンサーノベリスト』http://www.hassiy2.com/
けれども、僕は読まない。
凄い作家と言われれば言われるほど、なんとなく胡散臭い感じがするのだ。
もしも、僕に読書友だちというのがいるとすれば、そんなことはただの意地っ張りだと言われてしまうかもしれない。
断っておくが、内容が難しくて読めなかったというわけではない……。
僕が専らハマっているのは海外翻訳の児童ファンタジーと言われているもので、中でもハリーポッターにハマっていた。
内容は最早列記するまでもなく、素晴らしいもので、僕も本当に魔法が使いたくて、作中に出てくる呪文を覚えて、森に入って良い雰囲気の枝を頂戴し、それを削って杖にしていた。
ばからしい。
そんなこと、まやかしだと言われるかもしれない。
でも、僕は本気だった。本気で呪文を、魔法を、現実のものにしようと懸命に取り組んでいた。
本気で取り組んだ結果、当然のことながら、成就することはなかった。
いくら杖を振っても、魔法は使えない。
そこがしっかりと分かって、ああ、僕も大人になったなあと思う。
大人になった僕に、海外翻訳の児童ファンタジーは少し合わなくなっていた。
読んでみると面白いのだけれど、自分の手で実現できないと分かってしまった以上、手に取る機会は減っていた。
そんな折りだ。
僕はいつものように、海外翻訳の児童ファンタジーの棚の前に立ち、読む本を探していた。
有名どころはほぼ読み尽くし、新刊の棚にもこれといって面白そうな本はなかった。
どうしたものか、読んだことがある本をもう一度読むべきか、悩んでいると、壁に貼ってある掲示物に目が留まった。
それは模造紙に手書きで書かれたランキングだった。
曰く、現在図書館で貸し出している本の冊数を多い順から並べているものらしい。
ランキングには書名と表紙、それから簡単なあらすじが載っていた。
なんと、熱心な読書家の僕が読んだことがある本は一つもなかった。
おまけに、書名は少々奇抜なものが多かった。
やたら長かったり、横文字だったりと、特に堂々の一位に輝いている小説は、恥ずかしながら……漢字が読めなかった。
「涼宮ハルヒの……」
最後に続く漢字は字画が多く、読むことも書くこともできない。
その小説の表紙には体型が整った少女が勝ち気そうにポーズを決めているイラストがあった。
きっと、女の子が読む小説だろう。
イラストを見るに、男が読むような小説ではないと思った。
けれども、貸し出し数が一位というのには興味深い。
少しばかり、ページを捲ってみても罰は当たらないと思ったので、棚に並んでいる小説を取り上げ、そのまま貸し出しカウンターへと向かった。
「はい、利用カードを出してね」
『ノルウェイの森』を読むのをやめた菊池さんにそう言われて、僕はポケットから財布を取り出し、挟んである利用カードを取り出した。
菊池さんはカードをバーコードリーダーに通して、貸し出し状況を確認してから、『涼宮ハルヒの……』に視線を落とした。
「ラノベ読むんだ」
「…………」
急に喋りかけられて、言葉に詰まった。
ラノベってなんだ?
小説ではないのか。
僕は急に恥ずかしくなって、カウンターの上に置いた『涼宮ハルヒの……』を取り上げて、元の位置に戻そうと思った。
しかし、菊池さんの手の方が僅かに早かった。
貸し出し用の手提げ袋に入れられて、準備万全と言わんばかりに本が僕の手元に来る。
僕は本が入った手提げ袋を胸に抱いて、菊池さんに訊ねた。
「ラノベってなんですか?」
「ラノベっていうのはライトノベルの略で、イラストが入った中高生向きの小説だよ。漫画みたいに手軽に読めて、楽しめる作品なんだ。涼宮ハルヒの憂鬱は人気作品だから、是非とも読んでみると良い」
菊池さんの言葉を最後まで聞かずに、僕はカウンターを離れた。
閲覧室の一番隅の椅子に深く腰掛け、手提げ袋の中から注意深くライトノベルを取り出す。
そして、静かに読み始めた。
頭に雷鳴が轟いた瞬間とは、このことだ。
僕は人生を賭けて、追い求めるものに出会ったのだ。
文字から目が離せず、ページを捲る手が止まらなかった。
高校が舞台の『涼宮ハルヒの憂鬱』は中学生の僕にとっても、充分に分かる内容だった。
気づけば、閉館を知らせる蛍の光が図書館内に流れ始めていた。
それでも、僕は読み続けた。物語が途中で途切れてしまうのが、とても惜しいと感じていた。
「古河くん、もう閉館の時間だよ」
痺れを切らした菊池さんに呼び止められるまで、僕は読みふけっていた。
僕は慌てて本を閉じると、手提げ袋に仕舞い込んだ。
「面白い?」
そう訊ねられて、僕は小さく頷いた。
すると、菊池さんは嬉しそうに微笑みながら、「シリーズものだから、次の巻を借りていく?」と聞いてきた。
シリーズということは、ハリーポッターのように何冊も出ているということになる。
こんな面白い話の続きがまだ楽しめると思うと、頭が熱くなった。
僕は図書館に置いてあるだけの涼宮ハルヒシリーズを借り込み、家に帰って続きを読み続けた。
この物語は、橋本が橋本に影響力を与えるために、橋本が魂を削って橋本のためだけに物語を紡ぐ小説家を目指す、橋本利一の『インフルエンサーノベリスト』の提供でお送りしました。
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