6、新たな旅立ち
翌日、拓郎は村山に「ライターとして仕事がほしい」と電話をした。村山は「私も70を過ぎて、取材に出かけるのもしんどくなって来ましたので、それじゃ雑誌の取材をお願いしましょう」と言ってくれ、拓郎は「村山出版」の外注記者として仕事を始めることになった。
年に数回発売される雑誌「不可思議倶楽部」は、心霊・オカルトのみならず、宗教・哲学、最新科学に至るまで、この世界の「不可思議なもの」を紹介する雑誌で、一般の読者よりもその分野の専門家・研究者を数多く読者に持つ雑誌だった。拓郎が、その雑誌の外注記者として正式に採用されると共に、これまで村山が回っていた全国の取材記事を受け持つこととなり、「村山出版、不可思議倶楽部」というロゴ入りの社用車が貸し出される。
拓郎は近所に駐車場も借りて車で通勤することになった。大学時代に免許は取ったが、ペーパードライバーだった拓郎が少し運転に慣れた頃、遠出の出張仕事が依頼された。
「富士山麓のパワースポットまでは、普通は高速を使えば、半日もあれば行けるんだけど、何せ車で高速道路を走るのは、生まれて初めてだから、ゆっくり行くよ。向こうで一、二泊して帰って来るね」
車に乗り込む前に、拓郎は、そう言って百合に声を掛けた。拓郎が車で出勤の時、百合はいつもベビーカーを押して着いて来て、駐車場で手を振って拓郎を見送る。その日も、百合は駐車場まで来たのだが、何故か、大きめのバッグを肩に下げている。
「ごめんね。運転に自信がないから、連れてはいけないよ」
すると、困った顔をして見ている拓郎の前で、後部座席のドアを開け、ベビーカーを折り畳んで、百合は友美と一緒に車に乗り込んだ。
「早くエンジンをつけないと、友美が泣き出しちゃうよ」
拓郎は、しぶしぶ車の運転席には座ったが、
「でも、やっぱり行けないよ。これで事故ったらバカだよ」
と言って、後ろを見た。すると百合が差し出したのが、この前の『ハッピーボックス』だった。
「開けてみて。勇気をあげる。勇気があれば、いつも一緒ね」
百合に言われ、箱を開ける。すると、突然、音楽が流れた。
流れたメロディーは「人魚の歌」。拓郎一家はそれから、このメロディーに乗って、この国のあちこちを取材旅行することになる。友美は車の中でおとなしく眠る女の子として成長する。ムーミンパパになりたかった拓郎の夢は、叶ったのか・・・。ただ、百合と一緒の束の間の時間は、しっかりと刻まれていった。




