4、村山との出会い
都会の中心街からは離れた、古くからの商業地。そこに建つビルの一室に、広めのフロアにうずたかく積まれた、いくつもの本の山がある。どれもが本の返品、じゃなく在庫の山なのだが、そうした本の山を抜けて奥に入っていくと、机が1つだけあり、そこに座るのが、村山智英という年配紳士だ。
考え事をしていた村山が、ふと顔を上げると、一人の若者が目の前に立っていた。村山が不思議そうに見つめると、
「あの、私、加藤拓郎と言います」。
と彼は言った。村山の顔がほころんだ。
「おお、君が加藤君。私が村山出版社長の村山智英だ。私は駆け出しの頃、君の・・・おじいさん、加藤淳也さんには随分、お世話になってね」
加藤淳也とは、加藤渉の父親、拓郎の祖父のことで、そう言えば、祖父がかつて会社を経営していて、本を出したこともあるという話を、拓郎も聞いたことがある。
やや間を置いて、拓郎が話し出す。
「実は、僕の小説について伺いたいことがありまして・・・」
そう言うと、村山は微笑みを浮かべて言った。
「君の小説『ジュラの人魚伝説』でしたね。村山幻想小説大賞として、うちの雑誌『不可思議倶楽部』の最新号で掲載ですよ」
拓郎はほっとしたような素振りを見せたが、言葉を続ける。
「できれば、私は、これを機会に小説家として独立したいので、御社でもっと小説を書かせてもらえませんか」
すると、村山の表情が曇った。
「小説家ですか・・・。それは困りましたね」
村山は立ち上がり、部屋の中を歩き始めた。
「この部屋を見てください。わが社は、1つの雑誌と、年に数冊の単行本を出すだけの弱小出版社で、ここにあるのは、返本、じゃなく在庫の山です。出版業は思いつきではダメ、秩序を持ってやらないと、あっと言う間に潰れてしまいます。君には、ここにもう1つの山を作らせないだけの力量がありますか?」
拓郎は何も言えなかった。
「雑誌が出たら、今回の賞金はキチンとお振込みします。私も加藤淳也さんにはお世話になりましたので、何とかしたい。でも、今の私にできるのは、それくらいですね」
しばらく間を置いて、山村が、
「もし、お仕事をお探しなら、『不可思議倶楽部』のライターはいかがです?1本いくらで、決して満足なお支払いはできませんが」
と言って前を見ると、もはや、そこに拓郎の姿はなかった。
「あれあれ、性急な方ですね。おじいさん似ですかね」。




