3、父・渡と
経営コンサルタント・加藤渡をこれまで支えて来たのは、2つの信条だった。1つは、かつて戦争に負けた、この国に二度と戦争をさせないこと。もう1つは、そのためには一刻も早く、この国が戦後の貧しさから復興を果たすこと。この2つのために、これまで加藤渉は、仕事にまい進して来た。でも、それだけで良かったのだろうか?
秘書の高木に案内され、拓郎が部屋に入って来た。無言の拓郎に、渡は呆れたように言い放った。
「おまえも家族を持ったんだろ。いつまで無責任な生き方を続けるつもりだ」
すると拓郎は渡に怒りの目を向けた。
「あなたに家族について言われたくない」
渡が家族を顧みず、仕事だけの日々を送って来たことは確かだった。一時期だが、外に愛人を抱えていた時期もある。
「確かに私は、家族に悲しい思いをさせたかもしれない。ただ、家族を路頭に迷わせたことは、一度もなかった。そうだろ」
拓路は渡から目線をはずしたが、渡は続けた。
「今回のこと、百合さんに、ちゃんと話したのか?」
拓郎は目を伏せたままだ。
「藤谷さんからも話を聞いた。作家になるって?そう聞いて、主だった出版社を調べたが、おまえが受賞した賞などなく、従って、おまえの作家デビューなんて話もない。そうじゃないのか」
すると拓郎が渡の話を遮った。
「違います。私が文学賞を受賞したのは本当です。ただ、まだ決まってないことも多いから、すべてがハッキリしてから、百合にも話すつもりでした」。
渡が拓郎と面と向かって話をするのは、何年ぶりだろう。いや、ひょっとしたら、それが初めてのことだったかもしれない。それほど渡にとって家族は遠い存在だった。すると、
「焼け跡になったこの国で生きていくため、そして、この国を二度と不幸にさせないために、私はがむしゃらに働いて来た。今より豊かになれば、何とかなると思っていた。だから、お前にも、幸恵にも、随分、寂しい思いをさせたかもしれない」
拓郎がこれまで見たことがない感情的な言葉が発せられた。
「だから拓郎、おまえには家族を大切にしてほしい」
渡に見つめられ、拓郎はしばらく茫然としていた。
「僕が文学賞を取ったのは本当です。でも、まだハッキリさせたいことがありますから、それが分かるまで、もう少し待ってください。それが分かったら、必ずまた、ここに来ます」
と言って、拓郎が出て行ったのは、どれほど時間が立ってからだろう。その後も渡は、黙って虚空を見つめていた。




