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2号館に住むフリークス 1  作者: 笠家 日世子
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森川 春枝

2号館に住むフリークス 1


序章『森川 春枝』


 渋谷駅前の広場で春枝は携帯を片手に固まっていた。持ち主に気づいてもらおうと一身に着信音を鳴らし続ける携帯が気の毒に思えるほど長い時間が経過しているのに、春枝は少しも動こうとしない。あまりにも通行人の行方を妨げ過ぎていたのか、後ろから誰かに突き飛ばされてしまった。

 「おうっ!」

 年頃の女子にふさわしくない悲鳴をあげて春枝は床に突っ伏した。地面に両手をつきながら、もうサークルに顔を出せないなんて。と春枝は心の中で嘆いた。

 春枝が『Honey』というテニスサークルに入ったのは、約半年前の新入生歓迎会の時だった。春枝はもともとスポーツが得意で、なおかつ彼女は社交的なほうだった。『Honey』に所属したのは、『いかにも大学生活を楽しんでいますよというアピールがしたい!』というくだらない理由からだった。SNSに綺麗な友人達(仮)と一緒に撮った写真や動画をアップすることで、親戚一同や実家のご近所さんに自慢ができるし、SNSを見た両親も自分を誇りに思うと考えていたのだ。最初の数ヶ月は春枝が思っている以上に充実したサークル活動ができていた。しかし一人の先輩が、ここではK先輩と名乗っておくが、ある日当然春枝に交際を申し込んだことによって春枝の理想の日々に終止符を打つ羽目となってしまった。K先輩はサークル内では中心人物で、メンバーの全員に好かれている?が故に皆は口を揃えて恋人になれと言ってきた。

 「春枝、K先輩と付き合ってあげなよ~!K先輩を振ったら承知しないからね!?」

 「そのことはいったん保留にさせて‥!少し考えたいっていうかさ…」

 「あ~でたよそういう理想の高い系女子。自分の顔面偏差値の低さを棚にあげて相手はハイスペックな男じゃないと我慢ならないんでしょ?まあ確かにK先輩はお世辞にもイケメンの部類には入らないし、たまにちょっとやばい噂は聞くけど先輩って『Honey』のいわゆる権力者じゃん。もしも先輩とトラブルでもおきようもんなら春枝はもう『Honey』にはいられなくなるかもよ?ガラの悪い連中に付きまとわれたりするかも」

 「えーっ!なにそれ!もう付き合うしかないってこと?ていうかその『やばい噂』ってなんのこと言ってるの?K先輩ってやばい人なの?」

 「春枝知らないの?K先輩って大学内じゃたまに噂されてるんだよ。『Honey』を妬んで悪口ばっかり言う非リア軍団を精神的に追い詰めて単位を落とさせたり、自分の気に食わない態度をとったやつは、知り合いの暴力団に頼んで痛めつけてもらうとか…でも『Honey』を守ろうとしてくれてるわけだし、悪い人じゃないから!」

 「とにかく、私はもうアドバイスはしたんだからね、春枝。あとはよく考えな?」

 告白した日から3、4日過ぎると、先輩は頻繁に春枝の講義に無断で参加して監視するようになり、ついにはサークルの活動中に数枚のラブレターと小さな花束を後輩たちに手渡し、春枝に今日も綺麗だと伝えてこいと指示したりした。サークル内は次第に緊張感漂う場所に変わっていってしまった。

 「春枝、ごめん私今週忙しいから遊べないの、というか暫く忙しいんだ。でも春枝がK先輩と付き合う頃くらいには落ち着くかもなんて…」

 「私あれほど言ったよね先輩のこと!手遅れになる前に早くオーケー出しなさいよ!」

 「正直、サークル内ピリピリしだしたの春枝ちゃんのせいなんだよねぇ~Kのこと振ったりしたらマジで春枝ちゃんの居場所なくなること覚悟だねっ」

 友人たちからもことごとく避けられる羽目になってしまった春枝は不本意ながらK先輩と交際すると決心した。そしてその夕方、勇気を出して春枝はK先輩に電話をかけた。

 春枝は、これまでに一度も交際したことがなかった。というのも母親は中高生時に娘に交際禁止令をだしていて、それを破って交際した場合は春枝のこづかいは無くなり、加えて彼女のとある趣味を禁止にしてしまうルールをつくっていたのだ。父親も「もしも交際したいと思った相手ができたらウチまで連れてこい!そいつの青くさい面見たら俺がすぐ塩をまいてやるからな!」と意気込んでた。そんな家庭環境のもとで生きてきた春枝は、『初めて付き合うならお互いに惹かれあっている人とがいい』という理想を掲げて人生を歩んできた。そんな春枝にとって今回の出来事は長年の夢をぶち壊す出来事であった。しかし、友人たちの平和や自分の居場所が無くなるかもしれないという危機に直面しているのにのんきに夢なんて見ていられない。春枝は深く深呼吸をして胸を締め付ける心地の悪い感覚を必死に抑えつけた。

 「…もしもし、突然すみません、1年の森川です。森川春枝です」

 「ああ!春枝ちゃんか。どうしたの?」

 好きでもない人と手を繋いだり、ハグをする人って一体どんな気持ちでそんなことしてるんだろう。事務的なことみたいに思ってしてるのかな。胸がズキズキと痛み始めた春枝は頭の中で繰り広げる空想を取り払い、電話越しの相手に向かって話し出した。

 「K先輩、この間の…例の交際の件につきまして、私先輩に返事をしようと思いまして…」

 「…返事?あ、ああ!例の件だね…!」

 電話を片手に脳をフル回転して先輩が求めているであろう言葉を推測し猛スピードで原稿を作っていく。本当の感情を出さないように一生懸命平然を装い、心の中では、春枝は何度も何度も何度も―――

 「わ、私最初先輩から告白された時とっても驚いたんです…私のことを好きだと言ってくれてありがとうございます。それで…」

 「う、ああ!うん!!あの!あのさ悪いけど今、ちょっとマジで本当に忙しいんだ!!その件についてはまた後で、ね?」

 「ああ、お忙しいところすみませんでした!ではまた後ほど……」

 「おい!!ふざけんな!!!そんなんじゃねえっての!!!!」

 K先輩は急に電話越しで怒鳴りだしたので、あわてて春枝は置きかけた受話器を再び顔の横に持って行った。K先輩の他に誰か知らない女性の怒鳴り声が激しいノイズに交じって聞こえてきた。音が遠くて会話は完璧には聞き取れないが、浮気だの信じられないだののフレーズが聞こえ春枝は一瞬で状況を理解した。

 「…浮気、か」

 受話器を置いてため息をついたが、春枝の顔にたちまち笑みが浮かんできた。これは、交際を断るのに正当かつ安全な理由じゃないか!春枝に落ち度は何一つないからきっと噂のようなガラの悪い連中に手を出されることもないし、周りの人間にも浮気の発覚を恐れて何も行動を起こさないはずだ!こうして春枝は日を改めてK先輩の交際の申し出を断ることができたが、これを機にK先輩の秘密がサークル内のメンバーによって明らかになってしまった。先輩は実のところは既婚者であり(普段から結婚指輪はしていなかったし)電話越しで喧嘩していた相手は恋人ではなく奥さんであったということ。そして春枝のかけた電話のせいで浮気が発覚し、今は家族間でもめているらしいということ。ただ一つ、理不尽なことがあるとすれば、春枝が『Honey』のリーダー達から正式にサークルからの脱退を申し込まれたということだ。今回の大騒動を引き起こし、かつ『Honey』の印象を悪くした張本人に対する満場一致の判決だそうだ。

 その通達をメールで見た春枝は絶望した。秋に色付く渋谷の広場に一人、自分の居場所を失った大学生が途方に暮れていた。しばらく渋谷を徘徊した後、春枝は携帯にたくさんの着信履歴があることに気が付いた。

 「…千恵?」

 同じ学科の友人、千恵が春枝に何度も電話をかけていた。不思議に思いながら春枝は電話をかけなおしてみた。

 「…もしもし?千恵?」

 「おお!春枝~!聞いたよ!『Honey』から追い出されたんでしょ!いや~今週最高に笑ったわ」

 「笑い事じゃないっての…!で、からかいたくて電話したわけ?」

 「ああ、そうそう!…って違うわ!」

 「春枝!来週の月曜に、裏サークル勧誘会があるって知ってた?なんかね春学期に大量に1年生が抜けて、存続の危機にあるサークルとかが2号館の大きな教室で勧誘会やるの!まあ、1年不足ってことはまあいわくつき物件が多いかもだけど…」

 「2号館って、あの改装工事されてないオンボロのところ!?あそこ、呪われてるって噂じゃん!誰も使わないし…」

 「そう!だからこそ、大学側から簡単にこの勧誘会をやる許可が下りるの!だから裏勧誘会って呼ばれてるわけ!…で、どうするの、春枝?一緒に行くの行かないの?」

 正直、SNSに充実感満載の投稿はできなくなるかもしれない。でも、今はとにかくそれでもいいから居場所がほしい。春枝は思った。こんな寂しがり屋な自分を周りが必要だと感じるには、自分が社交的でなくてはならない。そして自分はどこへ行っても社交的であると思ってもらうため、自分を簡単に偽って相手に合わせることは得意だから大丈夫だろう…と。

 「…わかった。行くよ。教えてくれてありがとね、千恵」

 「いいってことよ!…ああそうだ、春枝!例のやつ手に入ったけど、このあとちょっとどう?」

 「…すぐ行く。5分で行く。ポテチとジュース買ってくね!!」

 「はあい、頼みましたよ~!」

 春枝は携帯をしまい、コンビニに向かって駆け出していく。…この『秘密』が身内以外で分かってしまった人は千恵以外に誰もいない。だから、私は自分を偽るのは案外得意分野なのだろう。春枝はそっとほほえんでみせた。 


次回予告 千恵の誘いを受け、裏サークル勧誘会に参加した春枝。そこに集結していたはユニークな曰く付き物件サークルの数々だった。そして春枝はある一人の生徒に出会う。

(初めての小説です。まだまだ至らないところがありますが、どうかよろしくお願いします。)


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