作戦プラン
黒曜学園の入学式当日の朝。
美波シンはいつも以上に気を引き締めていた。それはプロデビュー戦直前のボクサーの緊張に似ていた。
どんな強者が待ち構えているか、果たして自分はどこまであの学園で登りつめられるのか、そういった緊張ではない。
自信に溢れ、自分がどんな華々しいデビューを飾るのか想像して期待に胸を踊らせているのだ。
黒曜学園の制服は学ランだ。中学の頃から着なれているものだが、進学と同時に新調した。
地元一帯の中学を制圧していた頃と同様、赤い裏地のセミ短ランにストートパンツ。これが美波シンのトレードマークだ。
髪は中学三年生の初めまでは坊主頭だったが、今は金髪の毛を逆立てた短髪になっている。
準備は全て整った。入学案内と書かれた薄い冊子を鞄に詰め込み、行ってくるとリビングにいる母親に一声かけると玄関の扉を開けた。後ろから何やら声が聞こえていたが、今は耳に入らないほど頭の中は黒曜学園のことでいっぱいだった。
家の目の前の道には見慣れた男が二人立っていた。
一人は茶髪に染めた猫っ毛の様なパーマ頭に、シンと同じセミ短ラン。前のボタンを全て開けた隙間から金色の裏地が見えてる。塩原ユウだ。
もう一人はシンやユウより頭1つは大きい大柄に角刈り頭、同じくセミ短ランにボンタンを履いた人相の悪い男、浜島ダイジ。
「お前ら、待ってたのか」
玄関を開けて突如目の前に現れた二人にシンは面倒くさそうに言った。
「いや、流石に入学式くらいは一緒に行こうぜ。一生に一度のイベントだしな」
気だるそうなシンの肩をポンポンと叩くと、わくわくした笑顔でユウが歩き出した。
それと同時にシンとダイジも歩き出す。3人の地元から黒曜学園までは電車で30分の所だ。駅から一番近いシンの家に集まってから行こうとユウとダイジは昨晩連絡を取り合っていたのだった。
「しかし、いよいよ入学だな。すでに何人か同じ一年になる奴らを知っているが一癖も二癖もあるような危険な男ばかりだぜ。」
「俺らと一緒に入学する一年坊主のタメのことなんてどうだっていいさ、問題はあのアングラの頂点と言われる黒曜のてっぺんでふんぞり返って座ってる二、三年だ。」
ダイジが事前に集めていた情報などに貸す耳を持たずてっぺんを目指すシンに、ユウは一言だけ忠告した。
「確かに狙うのは黒曜のてっぺんだが、まずは一年をまとめなきゃそれも叶わないぜ。タイマン勝負であっさり取れる頂点ならわざわざ入学する必要はねえさ。それに同じく頭を狙う血の気の多い一年はたくさんいる、他の奴らが素直にシンに挑戦させてくれるかな?」
これにはシンも頷いたが、大した問題には感じなかった。
「一年をまとめるのなんかは朝飯前だ。きっと入学式には名前を売るため暴れまわる野郎がたくさんいる。泳がせておいて一番元気がいいやつを叩けば後は時間の問題だろう。」
「お前は昔からそうだな。群れの頭とタイマン張って傘下に収めちゃうもんな。だからあの時俺のこともすぐに潰しにかからないで泳がせておいていたんだろう。」
シンのこのやり方に、自分の過去を重ねたダイジは不満そうに目を細めた。
「違うって。乱闘とかごちゃごちゃした喧嘩が嫌いなんだよ、危ねえし。それにお前の場合は泳がせておいたんじゃなくて眼中になかっただけだって何べんも言ったろ?」
「こ、この野郎!」
「まあまあ、ダイジがワンパンで負けちゃった話はさておき、危険な乱闘とかに巻き込まれる覚悟も少しはしておかなきゃな。何が起こるか分からないからな。」
シンにからかわれ、顔を赤くしているダイジをなだめながらユウはこれから先起こるであろう一年同士の抗争を考え、冷静な判断をしていた。
「一年のクラスがいくつあるか分からないが俺たち三人がバラバラになる可能性は高い。見事全員別れた時には自分のクラスの頭を張ろう。そうすれば派閥争いは小さく収めることができるだろ?」
ユウのこの考えに後の二人も合意、入学してから一年をまとめるまでの流れはなんとくできていた。
「自分のクラスをまとめる前にワンパンで負けるなよ、角刈りおじさん」
「てめぇシン!こら!今はもうワンパンじゃ倒されねえぞ!」
鼻息を荒くするダイジを無視してシンとユウは駅へはや歩きで向かった。