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ORDER‐OFFICE 101 ―治安局101分署―  作者: キュノスーラ
第2章  「バディ」
9/30

ヤツは意外と凄かった

「ねえギア、待ってよ!」


「来るな! 邪魔だ」


「そんなこと言わないでさぁ」


「ついて来るなと言ってるだろうが! 失せろ! これ以上、俺につきまとうんじゃねえ!」

 

 銃撃戦のごとく言い合いながら、どかどかと階段を駆け下りる。

 普通なら、エレベータを使うところだ。

 だが、たとえ一分以内であっても、カースと同じ密室に入るのは我慢ならなかったのだ。

 階段をノン・ストップで一階まで駆け下り、そのまま競歩のようなスピードで廊下を突っ切ってゆく。

 通行人たちは皆、驚いたように道をあけ、そろって振り向き、通り過ぎた二人をものめずらしそうに見送った。


「おい! なん……あ、いや。すみません」


「おう」


 肩が触れた拍子に文句をつけてきた男を、ミラーグラス越しのひと睨みで黙らせて、ギアはずかずかと101分署本館の建物から踏み出していった。


 勢いに任せて東玄関から出たため、目の前には、広大な屋外訓練場が広がっている。

 手入れの行き届いた芝生と街路樹のあいだを、完璧に舗装された道が曲がりくねりながら続いていた。

 高度な保安センサーを内蔵したフェンスに守られた、都会のオアシス。

 だが、そこで日々行われている訓練の厳しさを知る者ならば、おそらく、そんな表現は使うまい。

 その光景を見た途端、不意に、ギアの脳裏に名案がひらめいた。


「おい」


「え、何?」

 

 急に振り向いたこちらに、いささか虚を突かれた様子で、カースが立ち止まる。

 ギアはその場でたんたんと軽く足踏みをしながら、にやっと笑った。


「ロードワークだ」

 

 いきなりの挑戦状を叩きつける。


「最後まで俺についてこられれば、付き合ってやってもいいぜ」


「ほんとっ!?」


「ついてこられるならな!」


 言い捨てるが早いか、勝手にスタートを切る。

 後ろから「フライングだ!」などと叫ぶ声が聞こえたが、気にも留めない。

 さっさと並木道を駆け抜け、周回コースに入る。


 オータム・シティの空はよく晴れていた。

 降り注ぐ爽やかな光が、ここ数日のあいだ強まる一方だった苛立ちを溶かし、洗い流してくれるような気がする。

 ギアは、大きく息を吐いた。

 こうしたロードワークはギアの日課であり、ストレス解消法でもあった。

 頬に当たる風や太陽の光を感じながら走っていると、怒りや焦りを、いつの間にか忘れることができる。

 時間さえ許せば、一日に三十キロのメニューでも軽くこなした。

 要するに、持久力には自信があるのだ。

 あの優男が、自分についてこられるはずがない――


(体力増進、ストレス解消。ついでにうっとうしい奴も追っ払える。我ながら、完璧な作戦だな……)


「走ってる君の後ろ姿ってセクシーだね!」


 気持ちよく走っていたところにいきなりそんな声が聞こえ、ギアは、もう少しで自分の足に蹴躓けつまづくところだった。

 足は止めないまま、慌てて振り向けば、なんと真後ろにカースがいる。

 足音も、気配すらも感じなかったというのに、だ。


「てめっ、いつの間に!?」


「え? さっきからずっと」

 

 しゃあしゃあと答えたカースは、かなりのハイペースを保ちながらも涼しい顔をしている。


「いい眺めだなぁ。しなやかな筋肉のひとつひとつが躍動して、実に」


「それ以上喋ったら撃ち殺すぞ!」


 怒鳴って、一気にペースアップする。


「あっ、ちょっと、待ってよ!」


(誰が待つか! どこまでもふざけた野郎だ! こうなったら、俺の本気の走り、見せてやろうじゃねえか!)


 だが。


「待ってってば!」


 ギアの予想に反して、カースとの距離は、10cmほども開かなかった。

 信じられなかった。

 何しろ、訓練校時代はクラス1の健脚かつ俊足を誇り、「貴様は前に立つな! 全体のペースが上がって、オチる者が増える!」と、持久走ではいつも列の最後尾に回されていたギアだ。

 自分の本気の走りに、へらへらと笑いながらついてこられる者がいるなどとは、これまで、想像したことさえなかった。


(ちくしょう!)


 こうなったら意地の戦いだ。

 ギアは、だっと不意に周回コースを外れると、加減なしの全力疾走を始めた。

 芝の上を走り抜け、短距離走用のコースを問答無用で横断し、さらには球技用のコートをも横断し、植え込みを三つ、連続で跳び越え――


「てッ! てめえ……ッ!」


 とうとう完全に息が上がり、ギアは走るのをやめた。

 さすがに、素人のようにその場に崩れ落ちることはしない。

 息を荒らげ、それでも軽く足踏みを続けながら、背後で同じように足踏みをしている男をにらみつける。


「ばっ……化けモンか……ッ!?」


「失礼だなぁ。人間だよ、人間!」


 言ってくるカースの顔には、ほとんど汗も浮かんでいなかった。


「約束だよ、ギア! 僕と、付き合ってくれるんだよね~」


「くっ!? し……仕方がねえな」


 むやみに嬉しそうな顔を近づけてくるカースから1メートルの距離を保って後退しつつ、ギアは、苦渋に満ちた表情で頷いた。


「約束は、約束だ。明日から、毎日」


「毎日!?」


 驚きと興奮が入り混じった複雑な表情で叫ぶカース。


「午前5時15分から」


「任せてくれ! 僕は、朝は凄いよ。ふっふっ」


「屋外訓練場で」


「外でっていうのも刺激的だよね!」


「訓練用ジャージ着用な」


 事ここに至って、


「ジャージ?」


 ようやく疑問符を浮かべたカースの腕をぽんぽんと叩き、ギアは、一転して、にやっと笑った。


「喜べよ、明日から毎日、付き合って・・・・・やるぜ。ロードワークにな」


「えええええええぇーっ!?」


「うるせえ」


 子どものように不平の声をあげるカースに、そっけなく言い捨てる。

 口調に反して、顔はにやついていたが。


「付き合えって言うから、付き合ってやるっつってんじゃねえか。文句でもあるのか?」


「ひどいよ! 詐欺だ! 期待させといて、あんまりだぁぁぁ」


 叫んだかと思うと、その場にしゃがみこんでしくしくと泣き出す。

 そんな同僚の姿を、15秒ほども黙って眺めた後、


「おい」


 ギアは、相手の背中に向かって静かに声をかけた。


「お前、一体、何考えて生きてんだ?」


「今は君のことだけ」

 

 一瞬、こちらがぎくりとするほど真剣な声でそう呟いたカースだが、次の瞬間には、大袈裟に身悶えながら声をあげてきた。

 もちろん、その顔には、涙の跡など少しもない。


「だからさぁ、僕と付き合おうよ! 絶対に後悔させないから!」


「お前と出会ったこと自体、俺の人生で最大の痛恨事なんだが」


「そんなこと言わないで。君は、まったくひどい男だなぁ。そんな可愛い顔をして僕の前に現れておきながら、手も握らせてくれないなんて……う」


 こちらの顔を間近からのぞき込んできた男の鼻先に《マチルダ》の銃口をぴったりとポイントして、ギアは心の底からうんざりとした息を吐いた。


 何だか、この二日間というもの、こんなことばかりしているような気がする。

 時間の無駄もはなはだしい。

 これは本気で、抹殺の方法を考えるべきかもしれない。

 意識して表情を消し、押し殺した声音で告げる。


「いいか? 今は、抑えに抑えて『黙れ』とだけ言っといてやる。だがな、あんまりガタガタうるせえと、そのうちおまえの口にこいつを突っ込んでトリガーを引いちまうかもしれねえぜ……」


「どうして、君はそんなに冷たいんだい?」


 彼の動きは蛇のように滑らかで素早く、そのために、一瞬だけ反応が遅れた。


「まるで氷だね」


 銃口をあっさりと指先で押しのけて一歩踏み出してきたカースは、その指先をこちらの顎にかけて、わずかに持ち上げるようにしてきた。

 優しげな微笑みを湛えた黒い目に、見下ろされる。


「僕が、溶かしてあげようか?」


「殺す」


「あああああああぁ」


 ぐわし、とサイバーアームで相手の顔面をわしづかみにし、少しずつ力を込めながら、ギアはふふふと笑った。


「そうかそうか……やっぱり、ドタマに一発ぶち込んで港にでも沈めとくしかねえらしいな、ええ? それとも、工業用硫酸の桶に浸けて下水に流したほうがいいか? どっちでも好きなほうを選ばせてやるぜ」


「ああああぁ……」


 少し弱々しくなった呻き声を聞きながら、ギアは胸中で、真剣に決意を固めていた。  

 この二日間というもの、耐え難きを耐え、忍び難きを忍んできたが、さすがに、もはや忍耐力の限界だ。

 これからすぐにジェイドに上申して、こいつとのバディを解消してもらおう。

 あいつが首を縦に振らないなら、ジーズに直接掛け合ってもいい。

 こんなふざけた男と組んでいたのでは、一分一秒が精神衛生上の害だ。


 単に気分が悪いというだけの問題ではない。

 このままでは、いざ仕事となったときに、任務効率も落ちかねないではないか。


(よし、善は急げだ! 今すぐに、待機室に戻って)

 

 決然と顔を上げたギアは、そのときになって、周囲の状況の変化に気づいた。

 こちらに向かって、黒ずくめの男たちの一団が近づいてくるのだ。


 そいつらが現れた方向を確認して、ギアは思わず、胸中で舌打ちを漏らした。

 カースを振り切るため、方向も確かめずにひたすら突っ走ってきたが、自分たちが、今、いる場所は――



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