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ORDER‐OFFICE 101 ―治安局101分署―  作者: キュノスーラ
第1章  「ゴミ箱」
3/30

署長のキャラが濃い

 清々しい朝の光が、遥か下方に、精巧なミニチュアのような街並みを照らしている。

 オータム・シティの西側を一望のもとに見下ろすオフィスで、二人の男が顔を突き合わせていた。


「アタシは今までに、数多くの部下たちを見てきたわ……」


 ブルーのスーツを着た、すらりとした長身の「男」だ。

 さほどの年齢にも見えないが、剃髪したのか天然か、頭に毛が一本もない。

 睫毛は長く、鼻が高い。

 一言で言えば――極めて、濃い。


「でも、初出勤当日にうっかり逮捕されるヤツってのは、さすがにこれまで見たことがなかったわねえ」


 オータム・シティの秩序と安寧の守護者、治安局オーダーオフィス101分署――

 彼、ジーズ・バンタムこそが、その総司令官たる男だった。

 つまるところ、ここは署長室なのである。


「いったいどういうことなのか、説明してもらえるかしら?」


「俺が知りてえよ」


 振り向いて言ってきたジーズに、ギアは憮然として答えた。

 だぶだぶの装甲アーマードジャケットは、まるで乱闘でもくぐり抜けてきたかのようによれて薄汚れ、頬には擦り傷がついている。

 署長の前だというのにミラーグラスをかけたままで、しかも立ち方がだらしない。

 どこか、わざとやっているようにも見える。


「警邏隊の奴ら、身分証見せてんのに、しつこく俺のこと疑いやがるんだぜ。横から、屋台のおっさんが証言してくれてるのによ。おかげで、殴り合いのケンカに発展だ。はるばるヴェロニカ・シティから転属してきて、なんでいきなり身内と殴り合わなきゃなんねえんだよ?」


 もっともな疑問だ。

 だが、もう少し身なりと態度を良くしていれば、自分はオフィサーだという名乗りにも、もっと信憑性があったかもしれない。


「せっかく捕まえた連中にも、殴り合ってる隙に、危うく逃げられるとこだったしよ。まあ、手近にあった椅子ぶん投げて、どうにか倒したけどな」


「聞いたわ。引ったくり集団を現行犯で逮捕したんですって?」


「まあな」


 ギアは軽く頷いた。

 初出勤当日に四人を逮捕というのは、確かに少しばかり珍しいかもしれない。

 だが、相手はたかだか引ったくり犯である。

 その程度のことが、この101分署でお手柄扱いされるはずもなかった。


「逮捕、ね」


 ジーズは、何か思うところがあるように低く呟いた。

 だが、次の瞬間には、さらりと次の話題に移る。


「そういえばあなた、012では《特急》にいたんですって?」


 その言葉に、ギアは、微妙に表情を変化させた。

《特急》――特別急襲部隊。

 規模の大きな分署に配置され、特に危険な現場への突入、武装集団の鎮圧などを主な任務とする。

 治安官の中でもベストの資質を持つ者のみが選ばれる精鋭集団だ。

 特殊な装備を保有し、訓練内容も一般の治安官たちとは異なっている。


「012の特急といえば《砂漠の鷹(デザートホーク)》隊よね。エリートじゃない。そのエリートさんが、どうして《特急》を辞める羽目になったのかしらあ?」


「書いてあっただろ。個人記録に」


 ジーズは長い人差し指で下唇を二度、叩いた。


「ええ、読んだわ。『精神的惰弱』ですって」


『精神的惰弱』――

 何度聞いても、吐き気がするほどむかつくフレーズだ。

 ギアは引きつりそうになる唇を、どうにか笑いに見える程度にねじ曲げて、そっけなく肩をすくめてみせた。


「ま、そう書いてあるなら、そうなんだろうよ。それより、こっちにも聞きたいことがあるんだけどな」


「何かしら?」


101分署(ここ)がよそで何て呼ばれてるか、知ってるか?」


 ジーズは、にっと笑みを浮かべた。


「ええ、もちろんよ。『ゴミ箱』ですってね」


 101分署は、その管轄下にある地域――つまりシティの治安において、年間各都市比較で常にワーストワンを争っている。

 逆に、常にトップを争うのが、オフィサーの殉職率だ。

 このような状況が何年も続いた結果、いつしか101分署は、各分署のはみだし者、嫌われ者が転属を繰り返した末に行き着く場所として噂されるようになっていた。

 限りなく事実に近い噂、というやつだ。

 そんな101分署にいつしかつけられたあだ名が『もはや必要のないがらくたを放り込む場所』――すなわち『ゴミ箱』というわけだった。


「ストレートに『墓場』とかよりはいいんじゃないかしら? まだ気がきいてて」


 韜晦した口調のジーズを睨みつけ――ミラーグラスのせいで、どうせ通じないだろうが――ギアは、わざと犬歯を見せつけるように口の端を吊り上げた。


「で? そのゴミ箱の署長さんが、『精神的惰弱』のレッテル付き治安官をわざわざ引き抜いてくださった理由ってのは、何なんだい」


 ある出来事が原因で012の《特急》を辞めたとたんに、101分署署長、つまりジーズの名前で引き(・・)があったのだ。

 ギアを呼び寄せた男は、真意の見通せない不透明な笑みを浮かべたまま、しばし無言でいたが、やがて、デスクの上に載せてあった細長いカードを手渡してきた。


「辞令よ。この101分署では、最近、ひとつの課を新設したところでね」


 カードを手に取ったギアは、そこに記された単語を見て取り、わずかに目を見開いた。


「凶悪犯罪……対策課?」


「そうよ」


 もともと細い目を、さらに細めてうなずくジーズ。


「通常の課では手に負えない犯罪行為を行う個人、あるいは組織を相手取る、アタシ直属の、特別な課。その立ち上げにあたって、012の狂犬、バイオレントオフィサーと呼ばれたあなたに、ぜひ参加してもらいたいと思ったわけ」


 言われて、ギアはしばらくの間、何の反応も見せずに突っ立っていたが――

 数秒後。


「おっしゃあっ!!」


 いきなり叫ぶと同時、飛び上がらんばかりに大きくガッツポーズを取った。

 さすがにジーズが目を丸くするのにも構わず、


「任せろ、ハゲ坊主!」


 バン! と両手をデスクに叩きつけ、熱っぽく叫ぶ。


「このギア・ロック! 本日只今よりオーダーオフィス101・凶悪犯罪対策課のオフィサーとして、犯罪者どもをギッタギタのぬったぬたのげっちょんげっちょんに――」


「いやちょっとアンタ、落ち着きなさいよ。――ってか、誰がハゲ坊主だゴラァッ!?」


「へっへっへっ、殴って捻って吊るして抉ってェ……ん? 何か?」


 拳を握り締めたまま、ふと気付いたように顔を上げてくるギアに、


「落ち着け、って言ったんだけど」


 青筋を立てつつもそこはかとなく引きながら、ジーズ。


「たった一人じゃ、治安維持活動もクソもないでしょ?」


「は? 一人?」


「ええ」


 数度、髪をなでつけるような仕草を見せて――まあ髪はないが、ジーズは、とりあえず気を落ち着けたようだった。


「凶悪犯罪対策課の設置にあたっては、全ての人員を他分署から招聘したの。今のところ、あんた以外のメンツは、まだ到着してないってわけ。今日中には、揃うはずなんだけどね」


「そんじゃ、俺は今から何をしてりゃいいんだ?」


「とりあえずは待機」


「待機かよ。ま、いいか。今朝早かったから、昼寝でもしてるぜ」


「ギア・ロック」


 適当な敬礼ひとつ残して身をひるがえしたギアの背中に、ジーズの声がかかる。


「ここは、様々な意味で変則的よ。012にいた頃とは、だいぶ勝手が違うでしょうけど、よく噛み分けて、柔軟に行動してほしいわ」


「柔軟に?」


 ギアは肩越しにジーズを振り向き、皮肉っぽい笑みを見せた。


「問題ねえよ。なにしろ俺は、ガッチガチの012から弾かれてここに来たんだ。ここは、えらく住み心地が良さそうな気がするぜ……」


 五分後にはこのセリフを撤回することになることを、このときの彼は、まだ知るよしもなかった。



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