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ORDER‐OFFICE 101 ―治安局101分署―  作者: キュノスーラ
第6章  「ライト・スタッフ」
29/30

ジ・エンド

「お前、いつも、通常弾ホワイトジャケットしか装填しねえよな」


 ギアは、呟くように言った。


「そんな銃向けたって、脅しにならねえんだよ……バカ」



 腹に弾丸を受けた衝撃で2mも吹き飛び、床に倒れたカースの身体からは、血と臓物が放射状に飛び散っていた。

 撤甲炸裂弾レッドラインジャケットなら、装甲をも貫通する。

 極めて前衛的な絵画を思わせる、悪夢のような光景に、誰も言葉がなかった。


 ひどい臭気が鼻をつき、ターニャ・タイラーが、子供のように甲高い声で泣き喚き始めた。

 フアナが苦しげにばたばたと体を動かしたが、ターニャは叫びながらも胸と腿できつく娘の頭をしめつけ、恐ろしい光景を目に触れさせないようにしている。


相棒バディだと、思ってたのにな」


 ゆっくりと銃口を下ろしながら、ギアは独白のように呟き続けた。

 バイオレントオフィサーの表情は、この場にいる誰からも見えない。

 震える声は、もしかすると、泣いているためなのかもしれなかった。


 やがて、彼はしゃくり上げるような声を漏らした。

 だが、それは嗚咽ではなかった。

 発作的にこみあげる笑いで、喉が鳴っているのだ。


 クアンとデレクは、動かない。

 ギアの手の中で、VOT‐200はいまだ黄色いランプを明滅させている。

 この世で何が最悪の事態かといって、捨身の人間に爆発物を持たせたほどに最悪の事態は他にあるまい――

 階下で、連続する銃声が響いたが、それは誰にとっても、ひどく遠い世界からの物音のように聞こえた。


「裏切りやがって。お前も、一緒に燃えちまえ!」


 ギアは倒れたカースに向かって怒鳴りつけ、げらげら笑いながら、ゆっくりと後ずさっていった。

 クアンとデレクの血走った目が、その動きを追う。

 ギアは、クアンたちのほうに顔を向けたまま、後ろに手を伸ばしてドアノブを掴んだ。


 この男は、いったい、これから何をするつもりなのか?

 ここで、自爆するつもりではなかったのか?

 呼吸すら忘れて凝視するクアンたちに、ギアは、肩をすくめてみせた。


「よく考えりゃ、ゴキブリどもと心中するのもアホらしい。ま、地獄で、仲良くやりな」


 ストリートの悪ガキがゴミでも投げ捨てるように、その手が軽やかに動いて、VOT‐200を床に放った・・・・・


「やめろおおおぉ!」


 バンと音を立てて扉が閉まり、バイオレントオフィサーの姿が消える。


 10.


 球形のVOT‐200が、赤いランプを忙しなく明滅させながら床を転がってゆく――

 クアンとデレクは、同時に動いた。


 9.


 クアンは、閉まったばかりのドアに突進する。

 デレクはその場から思い切り跳び、横ざまに、スライディングしながら思い切り手を伸ばし――


 8.


 ドアノブを掴んだクアンは、そのノブが1ミリも回らない・・・・ことに気付いた。


「あああぁ!」


 デレクが、床を滑りながら限界まで伸ばした手の中に、まるで神の采配のように、VOT‐200が転がり込む――


 7.


「デレク!」


 悲鳴のようなクアンの声を聞きながら、デレクは、一挙動で立ち上がった。

 片手で軽々とマシンガンを構え、怒号を迸らせながら、発砲した。


 6.


 至近距離から無数の弾丸を受け、三層構造の巨大な高靭性グラス一面に、蜘蛛の巣のようなひび割れが走る。

 だが、まだ、砕け散りはしない。


 5.


「ちくしょう、この野郎、おらあああぁぁ!」


 まだ、まだ、まだ――


 4.


「くそが、割れろおおおおお!!」


 ピシィッ、と亀裂音が響いた。

 まるで壮麗な除幕式のように、高靭性グラス全体がべろりとめくれて窓枠から外れ、外側に落下する――

 デレクは窓の外めがけて、握り締めていたVOT‐200を思い切り振りかぶった。


 3.


 ぱん、というような、ひどく軽い音が聞こえた。

 同時、デレクの後頭部が吹っ飛び、頭蓋骨の破片と脳みそが放射状に飛び散るのをクアンは見た。


 クアンは、何も叫ばず、驚きすらしなかった。

 そんな時間はなかった。

 クアンはほとんど神がかった動きで、倒れ込むデレクに向かって手を伸ばし、零れ落ちてゆくVOT‐200を、空中で、掴み取った。


 2.


『狙撃』

 その文字が、電飾文字で書かれたようなド派手さで脳裏に点滅する。

 クアンは、窓枠を盾とするように、その場に倒れ込みながら――


「くたばりやがれ!」


 1.


 渾身の力で、VOT‐200を窓の外へ放り投げた。

 銀色の球体が放物線を描き、外へ、消える。


「イヤッホオオオゥ!」


 意志とは関係なくそう叫び、両目から涙を溢れさせ、クアンはガッツポーズを取りながら床に叩きつけられた。

 爆発だ。

 下にいるオーダーオフィスのイヌども、吹っ飛べ、燃えろ、死んでしまえ!


 0.


「ジ・エンド」


 そんな声が聞こえて、クアンの目の前に、真っ黒な爪先が見えた。

 それが誰の足なのか、そもそも現実の光景なのか判断する前に、缶入り飲料でも開けるみたいな軽い音がしてその身体に銃弾がめり込み、クアンは、何も分からなくなった。



      *      *      *



「大丈夫かぁ?」


 がちゃりと音がしてドアノブが――先ほどクアンが渾身の力を込めても回らなかった、あのドアノブがだ――回り、ドアが開いて、ギアがひょっこりと顔を出す。


 部屋に入って、彼が最初に目にしたのは、髪を振り乱し、金切り声を上げるターニャにぼこぼこに殴られて困り果てているカースの姿だった。

 ロープを切断したとたんに、彼女が襲いかかってきたらしい。


『あっ、ちょっ、ギア! 助けて!』


 重厚な電子音声と、口調がまったくマッチしていなかった。

 彼はブラックスーツを身に着けているのだから、女性に素手で殴られるくらい何ともないのだが、狂乱したターニャはまったく力加減をしていない。

 スーツの装甲をまともに殴りつければ、彼女の手の骨のほうが砕ける。


『奥さんを押さえて! ちょっと、パニックになっちゃってるから……!』


「嫌ああああ! 放して! 嫌ああああ!」


 結局、ギアが後ろから羽交い絞めにしてカースから引き剥がしたが、ものすごい力だ。

 スーツがなければ、こちらが骨の一本や二本、折られていたかもしれない。


『落ち着いてください、ターニャ・タイラーさん!』


 叫ぶが、一向に効き目はなかった。

 フアナはといえば、まだ縛られたまま、部屋の隅で泣き喚いている。

 ギアは一瞬、天を仰ぐと、気密スイッチを解除し、ヘルメットを脱ぎ捨てた。

 思い切り、息を吸い込み、


「落ち着けえええぇ!」


 最大声量を叩きつけるように、怒鳴った。


「あんたたちは、助かったんだ! もう、危険はねえ! いいか、あんたたちは安全だ!」


 ターニャは、まだ叫び続けている。

 自分自身の叫び声によって、周囲の状況全部をシャットアウトしようとしているように。


「聞け! あんたがたは、助かった。もう危険はねえ! 安全だ!」


 その両肩を掴んで、ギアは、真正面からターニャの目を見据えた。


「もう、安全なんだ! いいか、俺はいかれ・・・ちゃいねえし、こいつもゾンビじゃねえ! 

 あれは、芝居だ! こいつを撃ったのも、爆弾も、全部、嘘だっ!」


 叫び声が途切れ、限界まで見開かれたターニャの目が、ギアの顔に焦点を結ぶ。


「俺は、オーダーオフィス101分署所属、ギア・ロック捜査官」


 ギアは静かに名乗り、いたずらの現場を教師に目撃された根は素直な悪ガキのように、少し引きつった、照れ笑いにも似た表情を浮かべた。


「怖ぇ思いさせて、申し訳なかった。だが、もう、大丈夫だ。あんたも、娘さんも、助かった・・・・んだよ」


 凍りついたようになっていたターニャの顔が、不意に、くしゃりと歪んだ。

 彼女は、その場にぺたんとへたり込み、子供のように泣きじゃくり始めた。

 あちらでは、カースが同じようにヘルメットを脱ぎ、フアナを解放して宥めている。


 数時間にわたって、死の恐怖という極限状態に置かれたのだ。

 彼女たちはおそらく、今後、長くPTSDに苦しむことになるだろう。

 だが、適切なプログラムを受ければ、やがては、ゆっくりと心の傷も癒えてゆくはずだ。


 忘れることは、できないかもしれない。

 だが、それでも、少しずつ、苦痛は薄れて――


 ギアは――本当はずっとオンのままだった――インカムを通じて、手短に状況を報告した。

 やがて、大勢の捜査官たちと共に医療チームがどやどやとやってきて、ターニャとフアナを保護していった。

 いっしょにやってきた技術班みたいな連中が「あった、あった」と騒ぎながら、カメラを回収している。

 彼らがここまでたどり着いたことからも自明だが、階下の軍用ロボットは、既に沈黙していた。

 さすが軍事用だけあって少しは手応えがあったようだが、ギアたちがこの部屋に突入したとほぼ同時、見事パスコードを解析したイグナシオの制御下に入ったのだ。


「《死神のキスキス・オブ・デス》っつうのは、これか」


 床の上で虚ろな両眼を見開いたまま倒れているデレクの死体をしばらく眺めた後、ギアは、風通しのよくなった窓の向こうに視線を向けた。

 向かいのビルの窓のひとつに、丸い小さな穴が開いているのが見える。


「まさに、女神の指先だな?」


『光栄なことを言ってくれるじゃないの』


 インカムから、満足げな声が響いた。


『私は、捜査本部に戻るのが少し遅れるから、課長にそう伝えておいて。おっちゃんが、特製のパフェ奢ってくれるんだってさ』


「おっちゃん? ……パフェって何だよ、おい? 俺にも食わせろよ。つか、インカムあるんだから、自分で課長に言えよ!」


『女神の指先、ね』


 直前のギアの言葉を何ひとつ聞かなかったように、インカムの向こうで、ロッサーナがくすくす笑った。


『気に入ったわ。今度から、あたしのネイルケアに文句つけるんじゃないよ?』


「いや、爪は、関係ねえだろ!?」


 叫んだところで、通話を切られた。

 呆れて首を振りながら、再び室内に意識を戻す。


 忙しそうに行き来する捜査官たちを尻目に、カースは部屋の真ん中に突っ立ち、血糊と動物の内臓でどろどろになった自分の姿を嘆かわしそうに見下ろしていた。


 ギアが発射したのは、通常弾ホワイトジャケット

 スーツの装甲を貫くことはないが、少量の火薬とともに仕込んだ血糊袋の中身を飛び散らせるには充分だった。

 これもまた《特急》からの貸与物品のひとつだ。

 アンモニアの臭気まで再現した気合いの入りようは、訓練でも実戦・・さながらの雰囲気を出すためだというが、アスカたちが一体どんな事態を想定して日々の訓練をしているのか、少し怖いものがある。


「はやくシャワーを浴びたいよ……こんな恰好じゃ、君と抱き合うこともできやしない!」


「どんな格好だろうが絶対に断る」


 言下に切り捨てておいて、ギアは、ふと表情を柔らかくした。


「お前のぶっ飛び方が、あんまり派手だったからよ、まさか、装填をカン違いしてマジで徹甲炸裂弾レッドラインジャケットで撃っちまったんじゃねぇかと、一瞬、ヒヤッとしたぜ」


「それじゃ、本気であの世行きじゃないか」


 冷汗を拭うような手つきをしながらカースは呟き、その手をぴたりと止めて、まっすぐにギアを見た。


「ねえ、ギア。……一瞬、本気になった?」


 VOT‐200と全く同じ重量、外見を備えた、訓練用の小道具。

 それを振りかざして叫んだ、あのときの言葉こそが、バイオレントオフィサーの真情だったのではないのか。

 犯人たちの意識を釘付けにし、人質から、注意も銃口も完全に逸らさせるために、あの芝居が必要だったのだが。

 もしも。

 もしも、あれが本物であったとしても、あるいは――


「君の目……途中で、芝居かどうか分からなくなったよ。あのとき、叫んだことが、君の本音なんじゃないのかい?」


 カースの言葉を受けて、ギアは、ゆっくりと瞬きをした。

 ヘルメットのHUD(ヘッドアップディスプレイ)システムがもたらす情報に100%集中すべく、彼は、いつものミラーグラスを外していた。

 左右で色の違う目が、カースを見返す。

 ギアは、軽く肩を竦めた。


「分からねぇよ。そんなこと」


「僕は、この判断・・・・は間違いだ・・・・・と思ってるよ、今でも。……殺すべきだった。ロッサーナが、あの男を撃ったように」


 ぐったりと脱力したクアンの身体が荷物のように持ち上げられ、拘束用の袋に入れられ、運び出されていく。

 死体、ではない。

 カースは、衝撃弾ゴールドジャケットを使ったのだ。


「後々に禍根を残すより、一発でジ・エンドにしたほうがスマートだし、安全だ。殺さないなんて、ただの自己満足だ。危険だよ」


「俺たちは、奴らとは違うんだ」


 呟くようにそう答えて、ギアは、首を傾げた。


「それにしても、お前、よく衝撃弾を使ったな。位置的に、お前に任せるしかないと分かっちゃいたが、任せれば殺すかもしれねえって、ちょっと思ってたぜ」


「君が、そう望んだから」


 カースはそう言い、血糊にまみれた姿で、極上の笑顔を見せた。


「君の期待を裏切るわけにはいかないからさ。……これから何があろうと、僕は、君を守るよ」



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