6.傷
「ヘェ、これが薬草ね。本当に効くのかと思ったけど、直ぐに止血しちゃうんだな」
ロランは、アルスランの手に薬草ペーストを塗りその上にテープを張りながら言った。その傷はセフォラが持っていたいた短剣で切ったものだ。そして黙っているアルスランの顔を見て言う。
「お前、変だよ」
壁を背にして寄りかかり立っていたヒューゴは二人をちらっと見る。そして、腕を組んだまま目を瞑った。
そこは修道院の小さな小部屋で、カデッツの3人は、そこでアルスランの傷の手当をして待つよう指示されたのだった。
アルスランは、自責の念にかられていた。自分をコントロールできなかったのを悔んでいる。
「お前が変なのは、デナの街が攻撃され全滅された時からかな」
ヒューゴの言葉にアルスランは一瞬息を止めた。
「デナはアルスランの故郷だったな。そうなのか?」
ロランがそう聞くとアルスランは更に頑なになり、口をきゅっと締める。
何かにこだわっているのはアルスランにも分かっていた。前王が亡くなり、後継者争いで揉めている内に他国との戦争が始まり、自分の故郷が攻撃された。自分はその数日前に訓練中の補給で立ち寄り、幼馴染の少女アデーテに会っていたのだった。
なぜ彼女を救えなかったのか。それを繰り返して考える。何も出来なかったのは分かっているのに、何度も何度も考える。自分には故郷の未練なんてないと思っていた。母親も死に、死んだ父親の家に引き取られ、ミリタリー・アカデミーに入れてもらった。アデーテだって、再会するまで思い出すことすらなかった。それなのに何故気にするんだ。そしてあの少女。審判を受けるべき少女は白いドレスを着ていた。灰色がかった青のコートの下からそのドレスがちらりと見えた時、言い知れない熱い感情が自分を支配し、彼女の持っていた短剣を手で握り、そして、その後は何も憶えていない。白いドレス、そう、あれはアデーテに最後に会った時、彼女が着ていた白だった。
ドアが開き、上官が顔を出して言った。
「おいお前ら。こっちを手伝え」
3人は起立して答える。
「はい!」
ヒューゴはアルスランを見る。
「大丈夫か?」
アルスランは彼を見ないで答える。
「余計なお世話だ」
ロランは笑って言った。
「それなら大丈夫さ」
上官の後に従いながらアルスランは思う。
今更どうしようもない。ただ前に進むだけ。今の自分にはそれしかない。戦争が始まり、故郷を無くし、家族もいない。友人たちはいるが、自分らがこれからどうなっていくのか、生きていけるのかどうかも分からない。それでも進むしかないのだ。