51. 帰路
宇宙ステーション・アルバは、圧倒的な数のバルナ艦隊に包囲されていた。球体のシールドによって守られているとはいえ、バルナのしつこさを阻むことはできない。血の気の多いキトロン戦士たちは、我先にとシールドの外に出てバルナと戦う。ゲルノア王は彼らの勇猛果敢さを喜び、セイリオス・ライーニア将軍もそれを良しとしていた。それは今までのセイリオスの戦い方とは違っていた。
「将軍、いずれバルナはアルバに侵入します」とロランが言った。
セイリオスは彼を見てニヤリと笑う。
「それこそキトロンが望んでいる戦いではないか」
ロランはそれを聞き、将軍はアルバを終焉の場にするのだと思った。
キトロンは、平和より戦い、平穏な死より戦いでの死を好む種族だ。自由を侵害されるのを極端に嫌い、そのために他者を軽視、無視、もしくは暴力で排除するのを厭わず、追い詰められるほど燃え上がる。感情を制御すればキトロンに敵はないと言われていたが、それを可能にしたのが前王のラフリカヌスたっだ。彼はセイリオスの優れた統率力を引き出し、セイリオスも歴史上類を見ない将軍と言われた。ところがラフリカヌスが暗殺されると、セイリオスに追従する者は減っていき、ロランを含む信頼できる者たちだけが残った。
セイリオスは、キトロンに終わりが近いのを知っている。王位継承権保有者のレディ・エレイーズは、ラフリカヌスの特質を持っていたが王位に就かなかった。そしてセイリオスが彼女にエルナトで女王になるのを望んだのに、彼女はエルナトへも行かなかった。エレイーズも失い、セイリオスに託されたラフリカヌスからの最後の使命は、キトロンの終わりを見届けることだった。
ロランは、他の兵士のようにアルバを出て戦いたいという気持ちを抑えていた。セイリオスが側近たちにアルバを出ることを許さなかったからだ。今はまだ彼らの出る時ではない。アルバを出たキトロン兵は狂気する。バルナは、感情をむき出しにして戦うキトロンに対戦するため集結する。セイリオスは、敵を拡散させるのではなく、球体の射程距離内に集めようとしていた。
球体には、敵の宇宙艦隊を破壊できるほどの攻撃能力がある。攻撃すればシールドを使えなくなるので、最良の時を選ぶ必要があった。バルナの方は、球体が攻撃を開始する前にアルバを攻略しなければならない。双方が鬩ぎ合いをする中、セイリオスは、どのように騎士団長のケイザーをおびき寄せるかを考えていた。
バルナの騎士団は、キトロンの精神的な面を支える役を担っていた。その騎士団が、自滅へと向かっていたキトロンを支えるのを止め、滅ぼそうと決めたのは、刑執行人になったということだ。騎士団はバルナ軍の中核を成しているので、彼らを射程距離内に入れなければならない。
「アルバの12-4fap3の壁が破壊されました。バルナ兵士がアルバへ侵入したようです」
その知らせは、司令部だけでなくアルバ中に告げられた。
「阻止せよ」
「阻止を確認。封鎖します」
「他にも17箇所で侵入を試みているようです」
そうしてアルバへの侵攻が始まった。司令部は慌ただしくなり、アルバ中は緊張と興奮に沸き立ち、ゲルノア王も激情する。その中でセイリオスは冷静だった。ケイザーがどこにいるのか分からないのだ。師匠だったケイザーを討ち取ることは、自分がアルバに戻る重要な理由でもあったが、獲物を辛抱強く追いかける捕食動物のようにゾクゾクしている。
「将軍、私にケイザーを探させてください」とロランが言った。
ロランは、セナ邸で、ケイザーに対面し無残に負けたのを悔しく思っていた。当時は士官候補生だったとはいえ、ケイザーに相対する感触が忘れらせず、いつか挑戦したいと思い続けていた。
セイリオスはロランをじっと見ると目を細め、白い歯を見せる。
バルナの侵入は止められないが、球体が奪われるのは阻止せねばならない。そのためにセイリオスは側近たちを温存していた。やっと彼らが戦える時が来たのだ。
「行け」
その命令に、ロランの目は輝く。
「はっ、必ずケイザーを見つけ出します」
ロランは、数人の将校たちを連れて司令室を出ていった。
戦場から離れたロセウスの青い空、一筋の光が、すーっと伸びていく。
「アルスランだ」とヒューゴが言った。
ロイックもその方を見る。
二人は荒野にいた。
アルスランは異次元航路が閉じるのを確認した後、ロセウスに戻るふりをしてスイングバイしエルナトへ向かう。それはバルナにエルナトを知られないためで、ワープを繰り返しても三年かかる。
「これでロランも心置きなく戦えるね」
「そうだな」
ヒューゴの答えは、少し気の無いものだった。
親しかった三人は、それぞれの道へと別れていった。アルスランはエルナトへ向かい、ロランはバルナと戦い、ヒューゴはロセウスの荒野にいる。もう彼らが一緒に会うことは無いだろう。
ヒューゴとロイックは、アルスランが籠っていた洞穴の奥へと降りていった。そこは冷たい空気と透き通った水に満ち、地表の渇いた荒野とは別世界だ。その冷たい美しさは、ヒューゴとロランの置かれた状況を、より孤独にさせる。
もしバルナが勝利すれば、ロセウスにもやって来る。キトロン人狩りだ。それから逃れるため、二人は隠れなければならない。
とはいえバルナがこの地域周辺に留まるとは考えにくかった。ここは辺境の地、自国へ戻るのに四十年もかかる。アルスランがエルナトへ向かったということは、モモを首都に送り返せたということで、首都の球体が破壊されれば、例えバルナがアルバの球体を奪ったとしても異次元航路を開けなくなる。すぐに自国へ出発せねば、ほとんどの者は自国へたどり着く前に寿命が尽きてしまう。
「ライーニア将軍は、ぎりぎりまでアルバを追い詰めるんだろうね」とロイックが言った。
ヒューゴは、ふーっと息を吐く。
「そうだな。キトロンは追い詰めらると力を発揮する」
「敵にとっては恐怖だなあ」
「ああ、キトロンが理性を無くすと獲物を食いちぎるかのようになるからね。だから敵の連合軍は、艦隊と武器を提供してバルナに任せたんだ。バルナだけがこの恐怖と戦える精神力がある」
二人は、地下水の湖の淵に運ばれていた荷物を解いた。どれ位ここに留まるのかは分からないが、食料が無くなるほど長く居座ると、自分たちで食べ物を探さねばならない。外に助けを求めることはできないので、そのための道具も取り揃えていた。
荷物の整理がひと段落すると、ヒューゴは机を整え書類に目を通し始める。
「こんな所でも仕事するの?」ロイックが呆れたように言った。
「こうしてた方が気が紛れる」
「やれやれ」とロイックは言って、四角い箱のような機器を出してスイッチを入れる。するとスピーカーから雑音が聞こえてきた。
「何だそれは」
「アルバやバルナの艦隊から発せられる通信や音を受信してデータに残す機器だよ」
ロイックが調整すると、音はより鮮明になるが、多くの音が混雑して悲鳴もあり、それが洞穴に木霊する。
「音を小さくしろ」
「はいはい」とロイックは言って音を弱めた。
そうしてしばらくの間は何の変化もなく、洞穴の中では、時計以外に昼か夜かを告げるものはなかった。
「ヒューゴ、髪が長くなったから切ってやるよ」とロイックが言った。
ヒューゴはむすっとして答える。
「切らなくていい」
「だって変だよ」
「変でもいい。俺はもう自分の髪にハサミを当てないんだ」
「どうして?」
「ここで生きてくからだ」
「だったら!それじゃあ女の子にもてないよ。だからセフォラに残ってもらえば良かったんだ」
「なんでセフォラなんだ」
「だって君は一人になるよ」
「えっ?」
ヒューゴは呆れた。それはロイックが自分の兄の遺伝子を持っているバイオロイドだからで、兄が弟を心配するようなものだ。ヒューゴは、それをうっとおしく思っていたが、キトロンが滅ぼされようとしている今、こんな洞穴の奥深くに二人で潜んでいるのが可笑しくて怒る気もしない。
「一人でいいんだ。俺はここにキトロンの子孫を残す気はない。俺たちの遺伝子は呪われている。エルナトだったらいいけどね。だからアルスランはエルナトに戻るんだ。こんな所で、うっかり子供でもつくっちまったら、将来、その子たちが大変だよ」
「ふーん」とロイックは気のない返事をした。ロイックは、キトロンの将来より目の前のヒューゴの方が気になる。彼は、ヒューゴのために作られたバイオロイドなのだ。
「エルナトが生き残ったら、キトロンの呪われた遺伝子は再生していく。千年かかると言われるが、そんな長い間、エルナトが孤立できるとも思えない。宇宙空間走行も進歩するだろうし、俺たちが生きている間に、エルナトへも行き来できるようになるかもしれない。だから余計なことに構ってる暇はないんだ」
「ヒューゴがそうしたいんならいいけど。もしエルナトが全滅したら、僕が君の最後を見取ってやるね」
ヒューゴは苦笑いする。
「まあ、お任せするさ」
それは、モモがセフォラを守ろうとしたのと同じだとヒューゴは思った。だからロイックとモモは仲が良かったのかもしれない。
突然、静かになった。騒々しい音を立てていた受信機は、ザーッという小さな音しか出さない。二人は顔を見合わせる。
「壊れたのか?」
「そんなはずないよ」
ロイックが受信機を調べる。
音が消えたということは、誰もいないということだ。
「アルバが破壊されたんだ」
ヒューゴが言った。
ロイックの目に、受信機の小さなスクリーンに流れるデータ記号の羅列が映る。
「ロランがケイザーを見つけて、それから球体は攻撃を開始してる。詳しいことは解析しなきゃ分からないけど」
「バルナは?バルナも滅びたのか?」
「キトロンとバルナは消滅してるね。いや、後方にいたバルナの巡洋艦が二隻、射程内から外れたみたいだ。一旦、入ったんだけど、直前にワープしてその場を離れてる。行き先は・・・えーっと、四十年かけても自国へ戻るつもりだ」
ヒューゴは呆然とする。
バルナが勝利する可能性があったので自分たちはこの洞穴に隠れることにした。それでも心の奥底では、キトロンが負けると思っていなかった。実際にライーニア将軍は思い通りに事を運び、ロランも貢献した。それなのに、敵は球体の攻撃から逃れ帰路に就いた。その理由は分かっている。
「エルナトの存在を知られたんだ」
「え?」とロイックはヒューゴを見る。
受信機からの雑音が、静かな洞穴の奥へと流れていく。
「バルナは、いずれここへ戻ってくる」




