50. モモの旅立ち
モモとアルスランを乗せた宇宙船は、宇宙空間に空いた異次元航路の出口近くへ行った。すでにバルナの宇宙船軍団の進行は始まっており、アルスランは、遮蔽装置を作動させモモを放つ機会をうかがうことにした。
「オイラは何に乗るの?」とモモ。
アルスランは、赤い小さなボタンのようなものを出してモモのお腹につけた。
「何これ、おへそ?」
「それを押してみろ」
モモが押すと、ブンッと音がして、モモは透明の幕のようなものに包まれた。
驚いたモモは出ようとして暴れて叫ぶのだが、外には聞こえない。
アルスランが「それを押すんだ!」と、自分の腹を指差して押す動作をしてみせる。
モモが再びボタンを押すと、パチンとシャボン玉が弾けるように幕は消えた。
「それはお前がバルナに見つからないための専用の遮蔽装置だ」
「こんなんで大丈夫なの⁉︎オイラは異次元に行くんだよ」
「あー、それは、お前が異次元に入るまでの膜だ」
「じゃあ、これが消えたら、オイラは丸裸で異次元に放り出されちゃうってこと?」
「えーと、お前は、どこへでも行ける体になっていたらしい」
モモは自分の体を触ってみる。外観は同じでも、セナ邸での修理で、感触を柔らかくされ軽量化されたのは知っていた。セフォラを守るために強化されたのだが、まさか異次元走行まで出来るとは思わなかった。しかも、ぷっくりしたお腹の真ん中の赤いボタンは、まるででべそのようなのだ。
「こんなのやだー!」とモモはひっくり返って手足をバタバタさせる。
モモが敵に奪われた首都に戻るのは危険が伴う。だからアルスランは、セフォラに詳しく話さなかったのだが、モモは知っていると思っていた。ところが、そうじゃなかったので、ごねるモモをどう説き伏せようかと頭を悩ます。
起き上がったモモはアルスランに攻め寄った。
「遮蔽なのに、アルスランはシャボン玉の中のオイラが見えてたよね。これって怪しくない?」
「それは宇宙空間で機能するものだからね」
それを聞いたモモは、ますます心配になる。
「だったら、正しく作動するかどうか確かめようがないじゃない」
「シャボン玉の中からの声は聞こえなかったから大丈夫、と思うよ」
「そんなの、当てになるもんか」
とモモはお腹のボタンを取ろうとする。ところが外れない。
「シャボン玉装置を外してー!」
今や、赤いボタンの遮蔽装置は「シャボン玉」になってしまっていた。
「モモ!」とアルスランは真剣な面持ちで言った。
「お前はセフォラを救うんだろ?思い出すんだ。それは誰に言われたんだ?」
モモはじっと考える。
「う・・ん・と、セナ夫人?」
「じゃあ大丈夫だ。俺もセナ夫人に従ってモモを送り出すんだから」
モモはため息をついた。
「そうだね。オイラは球体の中で作られたんだし」
「球体の中?」
「うん。オイラの記憶は、初めてセフォラに会った時からしかないけど、いつか生まれたとこに戻るのは知ってた。それって球体なんだ」
「そうか」
「分かった」モモはキリッとする。「オイラは首都へ戻ってセフォラを守る。アルスランはエルナトに行ってセフォラを守ってね」
「お、おう。任せとけ」
アルスランは、急に「セフォラを守れ」と言われて戸惑った。と同時に、自分が困難を経てもエルナトへ行くのは、球体のためだけでなくセフォラを守るためなのかもしれないとも思った。
「じゃ、オイラは行くね」
「もう?」
「うん。今、バルナの艦隊がちょっと途切れたみたい。最後のやつらが来る前に行かなくっちゃ」
モモはお腹の赤いボタンを押す。そしてシャボン玉のような幕に包まれると、ポンポンと飛んで操縦室の出口へと向かった。
アルスランが「頑張れよ」と言うと、聞こえないはずなのに、モモは振り返り、ギザギザの歯を出してニッと笑った。
宇宙船から出てきた小さなシャボン玉は異次元航路へ向かった。モモは真剣な面持ちで、バルナに気づかれないようにふわふわ飛ぶ。遮蔽装置のシャボン玉がパチンと消え、モモのお腹の赤いボタンも消える。異次元航路に入ったのだ。
二つの球体を繋ぐ異次元航路の中は、様々な色や形が変化しながら動いていた。バルナの宇宙艦隊が通った跡が残っていたので、モモは速度を上げ逆流する。しばらくすると、前方に最後のバルナ船団がやって来るのが見えた。それらも形が定まっておらず、横や縦に伸びたりしている。モモはそれらを避けて進み、やっと最後の宇宙船とすれ違うと気が楽になり緊張を解く。
「はーっ、気づかれなかったみたいだね」
すると誰かが頭の中に話しかけてきた。
「そうかな」
「え、誰?」
モモは慌てて辺りを見るが誰もいない。
するとまた声がする。
「後ろから二機の小型偵察機が追いかけてくる。逃げろ」
「えー⁉︎」
モモが後ろを振り返ると、丸いものがひゅんひゅんと向かってくるのが見える。それは、トンボの目に似ていた。
「気持ち悪いー!」
モモは慌ててスピードを上げる。すると偵察機もスピードを上げた。
「どうしよう。怖いよー」
「大丈夫だ、モモ、ジグザクに飛んでごらん。その内やつらは諦めるから。もうすぐ航路の出口が閉じる。やつらは戻らなくちゃならないし、お前は小さすぎるから見つけるのも簡単じゃないんだ。やつらが追ってこなくなるまで全力で行け」
モモは言われた通りに、右や左へ行ったりして進む。しばらくすると、偵察機はいなくなった。
「ああ、良かった」
モモは、ほっとしてスピードを緩めた。
「そう、モモ、今のまま進めばいい」
「あんた誰?」
「私はゾルファ。球体を作ったものだ」
「セナ公?オイラを作ってくれた人?」
「そうだ」
「でも死んだって」
「ああ、私は過去からお前に話している」
モモは、セフォラが院長と話した時、過去からなら話せると聞いていた。
「オイラの体は異次元走行が出来るように作り変えられたって。それって、オイラに戻らせるためだったから?」
「そうだよ。アデライドが死んでしまったら、首都の球体を破壊する者がいなくなる」
「セナ夫人は?」
「私が死んだ時、アデライドの役目も終わった。今は安らかに眠っている。随分苦労させたからね、この勤めはお前に頼るしかなかったんだ」
「首都の球体を破壊するって、そんな大それたこと、オイラには分かんないよ」
「お前の中には特別なチップが埋め込まれている。向こう側に出たら、首都の球体はチップを引き寄せ反応が起こって破壊する。だからお前は、この航路が閉じる前にここを出て、球体へたどり着かねばならないんだ」
「間に合うの?」
「お前次第だ」
「どういうこと?」
モモは、ロボットの自分がキトロンの救いを決めるとは思ってなかった。
「私たち科学者は、キトロンという平和を好まない国民を作ってしまった。あらゆる手を尽くして民を更生させようとしたし、バルナも作ったのだが、彼らはキトロンを排除すると決めた。強制不能だと判断したんだ」
「それって、セフォラも?」
「そうだな、セフォラが生まれたことは、我々が予想してなかったことだった。だからお前は、セフォラを観察するために送り込まれたんだ」
「えーっ!オイラにそんな大切な使命があったの?」
「母親を亡くしたばかりの彼女を慰めたかったしね」
「もしかして、オイラが、初めはセフォラしか話せなかったのも・・・」
「そうだ。攻撃的なキトロン人から守る必要もあった」
「うん、特にあのアルスランは危険だったんだ」
「だがお前は、アルスランがセフォラを気に入っているのを知ってたんだろう」
「う・・・ん」
モモは認めたくなかったが、初めからそれに気づいていた。アルスランから発せられる匂いがあったのだ。そして、アルスランが変化していったのも知っている。
「モモ、キトロンには自分を制することが出来る者たちもいる。我々は、セイリオスとレディ・エレイーズに期待したんだが、二人の状況は難しかった。そしてセフォラが生まれ素直に育っていった。お前は、セフォラが生き残る者たちの希望になれると思うかね」
「なれるよ!」
モモは、自信を持って答えた。
「それは良かった。キトロンは滅びても、セフォラが新しい民を導いていくだろう」
「うん、だけど、オイラ、なんだか疲れてきちゃった」
モモの体は分解し始めていた。
「あれ、オイラの体があそこに」
モモは飛びながら、少し離れた所で、自分の体が崩れながら飛んでいるのが見えた。
異次元だからこんなものが見えるのかと思う。
「大丈夫だよ。お前のチップは体から切り離された。それだけになっても、お前は球体へたどり着ける」
モモは「そうか」と思った。そして、朽ちていく自分を見つめながら、ぼーっとしていくようで速度も落ちていく。
「モモ、モモ、ご褒美をあげよう」
モモは、ハッとして気を持ち直した。
「ご褒美?」
「ああ、もしお前が頑張って球体にたどり着いたら、過去へ戻してやろう」
「ええっ?過去へは行けないんじゃないの?」
「人間は行けないよ。だがお前はロボットだから過去に戻せるんだ。お前の存在はここで終わるから未来には行けないけどね。今までの記憶も無くなってしまうが、それでもいいだろう?」
「うん」
「さあ、どこへ送ってもらいたい?」
とたんにモモは元気になった。モモの行きたい所は決まっている。
「オイラ、セフォラの所に戻りたい!」
すると急に前方が開け、モモは吐き出されるように宇宙空間に投げ出された。後ろで異次元航路の入り口が閉まった。次の瞬間、モモは首都の球体へと引っ張られる。
それから、何も感じなくなった。




