5. 白いドレス
セフォラは鏡に映る自分を見る。そこには真新しい白い絹のドレスにまとわれた少女がいた。
「良く似合ってるよ」モモがそう言うと、セフォラは後ろ向きになると振り返り後姿の自分を見る。そしてため息をついた。
「どうしたのさ。気に入らないの?」
「気に入らないことないわ。素敵よ」
セフォラは、絹の高価なドレスなんて着るのは始めてだった。自分のために用意されていたらしいのだけれど、それが何のためなのか知らされていない。とはいえ彼女が気にしているのはその理由ではない。もちろん、院長から自分が処刑されるかどうかの審判を受けると聞かされた直後に、こんなドレスを着せられるのは驚きなのだけれど、それが今の彼女の関心事ではなく、気にしていたのは、このドレスが、少し大き目に作られていることだった。
「大きすぎないよ」とモモは、まるでセフォラの心を見透かしているように言った。
セフォラは、自分が小柄なのを気にしていた。この修道院の修道女や患者たちは異国人も多く、様々な体系の者たちがいるので、セフォラの体系はそんなに珍しいことではないのだけれど、尊敬する院長、太めのアイメにしても明らかに体系が違っていた。もちろん修道女になろうとしている自分が、そんなことを気にしているなんてふさわしくない。とはいえ自分もいつかは院長のようになれるのだと思っていたのに、最近、成長が止まったらしく背が伸びない。この国の民は背が高く骨格もしっかりとしていて、女性たちも八頭身の美しい体系をしている。院長ですら、修道女の衣服に包まれていても美しい。
「あまり自分がチンチクリンだと思わない方がいいんじゃない」と、モモは慰めるつもりだったのにセフォラには逆効果だった。
「誰がチンチクリンだって?」
「あ、いや」
「よくそんなことを言えるわね。大体、モモが言うには、今日は特別の日なんでしょ?どんな特別だって言うのよ」
「それは、あ、ワ、ワン、ワン」急にモモはしゃべれなくなった。セフォラは「都合のいい」と思ったが、それはアイメが近づいてきたからだった。モモはセフォラだけとしか話せないので、誰かがいると「ワン」としか言えなくなる。
「ライーニア将軍はもう着いておられます。さあ急いで」とアイメは言って、セフォラにフード着きの長いコートを着せる。そのコートも灰色がかった上品なブルーで生地の質がいい。
「ねえアイメ。なぜこんな服を着るの?」
アイメは目を丸くし「当然だ」と言うようにセフォラを見た。
「ライーニア将軍に会うのに、みすぼらしい格好はさせられません」
「それは分かるけど、でも」
「とにかく急いで。院長様も待っておられます」
アイメはセフォラを急き立て部屋を出て、モモもセフォラのドレスの長いスカートの中に隠れて一緒に行く。
院長は会見の間で待っていた、以前はそこにも高価な調度品が色々あったのだけれど、今は、幾つかの椅子と長椅子しかない。院長は部屋の中央に立ち、その周りに数人の修道女たち控え、セフォラは一番奥の壁側に立った。
修道院の表戸の開く鈍い音が響く。会見の間は入り口から離れているのに、閑散とした修道院ではその音は遠くまで聞こえる。それからいかにも軍人らしいと思えるブーツの冷たい足音が近づいてきた。会見の間のドアが開く。
幾人かの軍人と共にライーニア将軍も入ってきた。一番奥にいたセフォラにも、誰が将軍なのかはすぐに分かった。もちろん軍服を見れば一目瞭然なのだけれど、彼自身から放つ力強さと言うか、神々しさまで感じさせるような雰囲気がある。それでいて尊大ではない。もし彼が群集の中に紛れようと思えば、その中に馴染んでしまいそうな柔軟性も兼ね備えている。
「おじいさんじゃないじゃない」とセフォラは小さく言った。
「おじいさんだと、誰が言ったのさ」とモモはセフォラにしか聞こえないような小声で答える。
それはセフォラにとって重要なことだった。なぜなら、これからしなければならないことを思うと、出来ればライーニア将軍はおじいさんでいて欲しかった。ベノワのような年齢の老人の方が親しみやすい。とにかく、セフォラは院長に言われたとおりの作法に従い、右手に握った短剣を握り締める。
「院長様、お久振りです」とライーニア将軍は言い、院長の前に立ち会釈する。
そして彼が次ぎの言葉を放つ前に、院長は彼に譲るかのように身を斜めにし、左手をセフォラの方へ向け言った。
「セフォラ・カッセル、あなたが審判する者です」
彼は、院長に促されセフォラを見る。それは静かで、審判と言うより穏やかで場違いではないかと思える雰囲気さえあった。とはいえセフォラは緊張しており、その様子に気づかない。
その灰色がかったコートが開き、まるで舞台の中から現れるように彼女のドレスが、閑散とした部屋と簡素な修道女たちやむ軍人たちの制服、それらの中で白くふわりと舞った。
次の瞬間、セフォラは壁にたたき付けられ、持っていた短剣は床に落ち、目の前に若い青年の顔があった。彼の左腕は彼女の首を絞め、彼の右手は高くかざされ、その手にある彼の短剣が今にも彼女を刺し通さんとでもするかのように寸前で止まっている。彼を止めたのは、ライーニア将軍だった。
セフォラには何が起こったのか分からず、ただ、その彼の顔が、まるで本で見た彫刻のように美しいと思った。そして、そのまま気が遠くなる。
倒れるセフォラを抱きとめたのは、ライーニア将軍だった。