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エルナトの女王  作者: Naoko
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47. 怒涛と静寂

ラーウスは雲に覆われた惑星だ。エルナトの湖底にある球体は周辺の気候を変え、夜に降った雨が止んで上空の雲が消え、気温が下がり、霧が発生する。エルナトの朝は乳白色で始まる。


霧の中では遠くからの音は聞こえにくく、皆がまだ起きてない早朝は静かだ。

セフォラは、ふと目を覚ました。微かな振動を感じたのだ。エルナトに住むようになり、研ぎ澄まされた感覚は自然界にないものに敏感になる。


突然、従者がドアを開けて叫んだ。

「軍隊です!キトロンの船団がやってきました!」

霧が、彼の後ろから攻め入るように入ってくる。


セフォラは、セイリオスの脇を支えて外に出た。霧でよく見えないが、轟音が近づいてきたので、かなりの数の宇宙戦闘艇になるのだと分かる。そして霧の中からキトロンの将校たちが現れ、その後ろには兵士たちが続いていた。

「ロラン!」とキアラが叫ぶ。

セフォラは、キアラが叫ぶまで先頭にいるのがロランだと気付かなかった。まるで違う人に見えたのだ。


ロランはセイリオスの前に立つと敬礼した。

「ライーニア将軍、探しておりました。ご無事で何よりです」


キアラの声は騒音にかき消されたので、ロランには聞こえなかった。彼の関心は目の前の将軍で、妻や息子を捜すつもりもなかった。


「我々は将軍をお迎えにまいりました。ゲルノア王は将軍の追放を撤回され、アルバで合流するのを待っておられます」

セイリオスは白い歯を見せた。

「では王は、私と共に戦うことを決意されたのだな」

「はい。将軍に御自分の右に立つよう命ぜられました。バルナの騎士団長が敵の連合軍に加わり、ケイザーも騎士団長に復帰しました。遂に、バルナとキトロンの決戦の時が来たのです。今やキトロンの軍団は一つになり、将軍と共に戦う用意ができております」


船団のせいで霧はすぐに晴れ、セイリオスは、空を埋め尽くすキトロンの軍団を見上げ、右手を上げる。するとキトロンの兵士たちの歓声が、怒涛のようにエルナト中に響いた。その音の大きさにセフォラは体を震わせ、セイリオスにしがみついく。

少し前まで、セイリオスは自分とエルナトで生きると思っていた。彼は王に退けられ、傷つき疲れ果て、民からも見捨てられたはずだった。


セイリオスが兵士たちに囲まれると、セフォラを抱いていた彼の手は離れ、彼女は群衆の中に吸い込まれていく。ベノワがセフォラを掴んで群衆の中から引き出した。セフォラは振り返り、歓喜する群衆を見る。

「何が起こったの?」

「キトロンに終わりが来たんだ」ベノワが答える。

その傍らで、キアラが、大きな音を怖がって泣き叫ぶケレブを抱いて立っていた。




セイリオスと共に軍隊が去ると、エルナトは静かになった。軍隊だけでなく、アルバから避難していた者たちの多くも、バルナとの決戦に参加するためにアルバへと向かった。ガスは残り、サライを他の者に任せてエルナトに戻ってきた。そして、

「残ったのは若者や子供たちだな」と言った。


セフォラは、心にぽっかりと穴が開いたようになっていた。

セイリオスの笑顔、大きくて暖かい手、広い胸。思い出すと心が締め付けられる。もはやエルナトに戻ってくることはないのに、戦いで命を落とすかもしれないのに、自分はどうすることもできない。そしてベネッサのことを思った。


ベネッサは、アルバでキトロンの文化を高めようとしていた。ところが戦争が始まると、多くの者はキトロンへ戻っていった。キトロンは争いを好む民だ。そのことを思い知らされたベネッサは、全てを諦め、あの美しいアルバで、自分だけの世界に浸って生きていたのかもしれない。

「いや違う」とセフォラは思った。エルナトは、アルバの様にはならない。



「ママ」とケレブが薬草を引き抜いてキアラに見せた。ケレブはしゃべり始めていた。キアラは薬草を手に取り息子に何か話している。

セフォラはそれを見ながら、キアラが「ロランは、もう私たちのことを覚えてない」と言ったのを思い出した。

セフォラはそんなことはないと思っていたが、ロランを見て分からなくなってしまった。セイリオスも、自分のことなど忘れたのかもしれない。


キアラは、弟のジョセには会えた。ところが彼は、姉や弟妹のことを気遣うより、ロランがどのように軍隊をまとめ、先頭に立って将軍を迎えに来たのかを得々と話した。ジョセは、ロランの義弟なのは誉れで、キアラも夫を誇りに思うべきだと言った。



キアラがケレブを抱き上げその頬にキスをする。セフォラはそれが羨ましく思えた。そしてセイリオスが、自分に何も残してくれなかったような気がした。

「セフォラ」とモモが心配そうに彼女見上げる。

「大丈夫よ」とセフォラは答えて笑った。

そして小さな虫を捕まえてケレブに見せると、ケレブは興味深々に虫を眺めてから突いた。

「あっ」

虫はケレブの指の先から空へ飛んでいった。


キアラが虫が飛んでいく方を見ながら、

「自分を変えられても、他人を変えることはできないわね」と言った。

彼女は、セフォラの苦しみが分かるような気がしていた。父親のいなかったセフォラにとって、セイリオスは父親のように頼れる人で、勢力があり魅力的だった。セフォラが憧れ慕うのも無理はない。ただセイリオスは、エルナトに収まるような人ではなかったということだ。


セフォラはキアラを不思議に思う。

「あなたはロランを失うって知ってたの?」

キアラは微笑して答える。

「私の父は軍人だったから、分かってたはずなのにね。父が死に母も死んでしまい、弟妹たちを食べさせていくだけで精一杯で、優しくしてくれたロランに気を許してしまったのかもしれない。ロランは農家の出だったから、違う匂いがしてたのよね」

「家族と共に生きてくれる人だって思えたの?」

「そこまでは考えなかったけど、心のどこかでそう願っていたのかもしれない。だけど私が変わったのは、ロランではなく、あなたに会えたからよ」

「私に?」

「ええ、あなたは戦争を嫌っていた。始めは変わってると思ったけど、あなたに接するようになって、争いは人を不幸にするだけだと気づいたのよ。あなたを知らなければ、私はあのアルバへ戻った者たちと同じで、急いでロランの元へ行ったでしょうね。そうしない私は、ロランもジョセも理解できないんじゃないかしら」

「諦めたの?」

「ううん、諦めたというより受け入れたのよ」

「受け入れた?」


木々の葉が、風で衣擦れのような音を立てたので、キアラは風の吹く方を向いた。


「そう、私は自分で決めたの。セナ邸で働くようになって、あの中庭の樹海の中で子供達の世話をしながら、私はセナ夫人に選ばれたんだって思ったわ」

「セナ夫人に?」

「ええ、セナ夫人は、このエルナトへ来れる者たちを集めていたでしょう。民の未来を作ろうとしていた。今、ここに残ってる者たちは、キトロンの繁栄を経験してない次の世代がほとんどよ。キトロンに何も残ってないって分かるのよ。だから私は、ここで弟や妹を守り、息子を育てていく」

そう言ったキアラは頼もしく思えた。


「ああ、風が気持ちいいわ」

キアラの長い髪が風になびく。

それを見ながらセフォラは、この静寂の中で、自分たちの未来が、本当の意味で始まったのだと思った。

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