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エルナトの女王  作者: Naoko
45/52

45. 移住

惑星ラーウスは、厚い雲に覆われた高温多湿の惑星だった。生命力が強く、最初の開拓者が持ち込んだ植物はあっという間に広がり、独自の生態系を作ってしまった。火山が多く高低差の少ない地形で、標高の高い山は少なく深い海もない。降った雨水は蒸発し雲になってまた雨を降らすという循環を早い周期で繰り返すので、土地を開墾しても、流されるかすぐに植物が生い茂り元に戻ってしまう。その激しい気候は、長い間、人を寄せ付けないでいた。


移住は、球体によって気候が変えられた地域、エルナトから始まった。

エルナトは、大きな一枚岩に付けられた名前で、火山活動でできた窪地のカルデラに突き出ている。カルデラから流れる川を堰き止めて作った湖に球体を沈め、徐々に人が住めるような環境を整え、見晴らしの良いエルナトが移住の象徴になった。

ここでは、狩猟採取生活をすることになる。といっても採取が主で、狩猟は小動物しかいないし、畑も小さなものだったら作れる程度なので、食料を探す労力が求められる。


先ずエルナトへやって来たのは、ガスが率いるセナ邸の若者たちだった。彼らは必要な施設を作り終えると、未知の世界の冒険へと散らばっていった。それでセフォラたちがエルナトに着いた時は、住人が少なかったが、セフォラには都合が良かった。

キアラも、エルナトの岩のテラスは幼い子供を育てるのに十分な広さがあり、岩の下に作られた洞穴住居も頑丈で住み心地が良さそうなのを喜んでいる。


「最初の開拓者たちは、ここを離れる際に『呪われた土地』と言ったそうですよ」とアイメが言った。

ベノワはふふっと笑う。

「キトロン人にはいいじゃないか。悪さをする暇がない」

皆はそれを聞いて納得したように笑った。

「毒蛇がいるんだってさ。面白そう」ティボはワクワクしている。

「毒蛇って、これ?」とリルが、蛇の頭を掴んで持ち上げたので大騒ぎになった。

こうして、ここでの生活が始まった。



アルバからの移民は、やって来ては去るというのを繰り返していた。セナ邸で疑似体験をしていた者は、孤児も含め留まっているが、全ての難民がここに住めるかは疑問だった。アルバに戻れば便利な生活がある。エルナトへの移住は、簡単ではなかったのだ。


「なんでこいつがいるの?」とティボがモモを指差して言った。

モモはむっとして胸を張り、ティボを睨む。

「モモは、私を守ってるのよ」とセフォラが答える。

「ふうん」と言ったティボは、すぐに興味を失い、走り去っていった。


モモはここにいる唯一のロボットだ。ここには機械が持ち込まれてないので、モモは異質に見える。アイメやベノワ、そして、キアラも子供たちの世話をしながらセフォラを守ってくれるので、あまりモモに頼らなくてもよくなっている。それでもセフォラにとって、モモは単なる警護ロボットではなく、大切な家族だった。

モモはソーラー充電によってエネルギーを得る。雲に覆われるこの惑星での充電は難しいはずだったが、なぜか前より元気になっていた。宇宙空間のアルバにいる時も元気だったから、球体の近くにいるからかもしれないとセフォラは思っていた。



そんなある日、エルナトに小型宇宙船がやってきた。


移住者を乗せて来る輸送船は来ても、小型船が来るのは珍しい。雨の降る深夜にやってきたらしく、雨が止み、朝霧が晴れるころには、匂いや足跡は雨で消されていたので誰が来たのか不明だった。それで不審者が入り込んだと騒ぎになり、意気盛んな若者達が侵入者を探し回ったが、何の手がかりも得られなかった。数日後、アドレナリンが正常に戻った彼らは、またどこかへと消えていった。



森の中で、不意にモモが言った。

「あれ何さ」

セフォラが顔を上げる。樹木の間、堰き止め湖がある方から何かがチラチラ光っている。彼女は湖へと向かった。


セフォラは一人で食べ物を探せるようになっていた。移民の数は少なく、森の中で誰かに遭遇する機会はほとんどない。人の気配を感じても、モモがいつも彼女の背中に張り付いて警戒してくれているので、心配してなかった。そうする内に、セフォラの感覚は研ぎ澄まされ、自然界でどのように動けば良いのか分かるようになっていった。


その能力は、幼い頃から修道院で訓練されているものだった。禁じられていた壁の向こうへ出ても平気で、アイメは怒ったが、院長はさほど心配してなかった。

「院長様は、私がエルナトに住めるようにしてくださっていたんだわ」と気づいたが、同時に、院長が来なかった理由も分かるような気がした。


ここでも知恵は必要だが、それだけでは生きていけない。あの傷のせいか、院長には同じ年齢のアイメやベノワのような体力はなかった。院長は、修道院が焼けた後でも、人々を助けるために精力的に働いたに違いない。だがここで同じように生きれるかは疑問だ。高度な社会性を持つ野生動物で、年老いても豊かな経験を持つ個体が尊敬されることがある。年老いた者の様に、尊敬されたとしても、ここでは院長の望む生き方はできなかったかもしれない。



セフォラは湖畔に着いた。湖の中央が、青く光っている。突然、そこにアルスランが現れ、光の道が岸まで伸びるとその上を歩いてセフォラの所までやって来た。

「アルスラン。あの宇宙船に乗ってきたのはあなただったのね」


アルスランの服は濡れていなかった。セフォラは、この不思議な現象は、湖の底にある球体によるものだと思った。以前から彼と球体には何か関係があると思っていた。かつて自分が「エルナトを見たい」と言った時、彼は「連れていける」と答えた。あれからアルスランはまた姿を消してしまったので、その意味を聞けないままだった。


「俺は球体の中で考えていたんだ」

「何かあったの?」

「セナ公が亡くなられた」

「え?」

「もう抑止力は無くなってしまった」

「どういうこと?」

「戦争が激しさを増す。セナ公は、ゲルノア王の暴走を押し留め、バルナの騎士団を抑えてくれていた。敵の連合国は騎士団に加わるよう求めていたから、セナ公がいなくなれば、彼らが拒む理由はなくなる」

「じゃあ、このエルナトも攻撃されるの?」

「いや、敵はアルバの存在さえ知らない」

「ここは戦場から離れているし大丈夫よね」

「そうだと思うが、兄上に、エルナトの球体を守るようにと言われた」

「セイリオス様が?」

「ああ。今や三つの球体を操れるのは兄上だけになってしまったしね」

「球体は私たちを守ってくれてるんでしょう」

「守ってるが、キトロン人は球体の価値を理解できないでいる。科学は進歩したのに、それに見合った民にはなれなかった。それで科学者たちは、自分たちの全ての科学力を球体に詰めて残した。その科学者の最後の一人となったセナ公は、エルナトで民を再生し待つことにしたんだ」

「待つって、いつまで?」

「千年だ」

「千年⁉︎そんなに長く?」

「待つしかない。それ以外に俺たちに生き残る道はない」


セフォラは、アルスランが、ミリタリーアカデミーを退学した時のようではないと思った。あの時、アルスランは迷っているようだった。それからロセウスでポタムの依存症を克服し、周辺諸国を旅していた。今の彼からは迷いを感じない。それは、彼が自分が行く道を決めたからかもしれないと思った。


「今からアルバへ戻る。これから移住者は増えるぞ」

とアルスランは言った。

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