44. それぞれの生き方
セフォラはロセウスに戻った。そしてセナ邸の孤児たちを引き取りたいと言った。キアラたちは賛成しかねるようだが、自分たちも住まわせてもらっている立場なので、デルフィーヌ女王が許可すれば文句は言えない。ロセウス周辺では、キトロン人は、教育を受け感情を制御できる者たちが先に来ていたので評判が良かった。高度な技術と知識を持った姿形の良いキトロン人は歓迎されていたのだ。
そうして孤児たちの幾人かがロセウスに引き取られたのだが、すぐに事件は起きてしまった。再び畑が荒らされたのだ。早朝の見回りでは、緑の苗のじゅうたんが朝露に濡れて美しかったのに、昼過ぎには、引き抜かれ枯れた苗が踏み荒らされた茶色の土にまみれて散らばっていた。
セフォラとヒューゴ、そしてキアラはデルフィーヌ女王の元へ行った。
ヒューゴは、
「ここにキトロンの子供達を収容するのは無理だ」と言う。
ヒューゴは、キトロンに関する総括責任が任されていた。
アルバからの荷物の整理はいつ終わるとも知れず、その上ロセウスの新しい都市計画にも携わっている。こうして余計な仕事は増えていくばかりで、ヒューゴの除隊希望はうやむやになっていた。
この辺境の地で、キトロン人の気性の激しさはまだ知られていない。先にやってきた者たちとは違い、戦争によって住む場所を失った難民の多くは、感情をむき出しにする者たちばかりなのだ。
以前、アルスランがポタム断ちをして暴れたことがあったが、それがキトロン人の本性なのだと知られたら、ロセウスどころか、どこにも居場所は無くなる。そもそも、それが本国での戦争の理由なのだ。
「アルバに戻すの?」とセフォラはヒューゴに聞いた。
「ここに住むのが難しければ、そうするしかない」
デルフィーヌも心を痛めていた。
「私たちはキトロンに感謝しています。何とかキトロンの子供達を受け入れる方法はないのですか」
子供たちが増えれば問題は大きくなるばかりだ。かといって子供達をアルバに戻し閉じ込めるのも問題だ。アルバが作られた最初の目的は、知識や教養のある者たちを集めて高い文化を促進するためだったが、すでにそれは失敗している。子供達にとって、今や難民の収容所と化したアルバにどんな未来があるというのだ。
キアラは、
「私は、子供達を連れてエルナトへ移りたいです」と言った。
セフォラは、彼女がエルナトへ行きたいと望んでいるのを知っていた。まだ夫のロランと話し合ってないのが気になるが、この状態ではティボとリルの世話をしながらケレブを育てるのが精一杯で、子供達の将来を考える余裕などない。
デルフィーヌは、
「エルナトは大変な所だと聞いています。大丈夫ですか」と心配するが、キアラの決心は固かった。
「はい、すでにエルナトへの移住は始まっているそうです。息子も歩けるようになりましたし、これ以上、ロセウスの皆様に迷惑をかけることはできません」
デルフィーヌはセフォラに聞く。
「あなたはどうしますか」
セフォラは答えられなかった。自分には、孤児を引き取るのを反対するヒューゴと、エルナトへ移りたいというキアラの考えを変える案なんてない。
「少し考えさせてください」とセフォラは言った。
ロセウスの農園は、灌漑農法によって畑がどこまでも広がり青々としていた。地下からくみ出された水は、用水路を通って畑へと運ばれる。
セフォラは一人で用水路に添って歩いていた。切り出した石を積んで作られた用水路には、水が勢い良く流れている。その豊かな水量は、この国の将来を暗示しているかのようだ。ロセウスは登っていき、キトロンは沈もうとしている。セフォラはモモに言った。
「私もエルナトに住めるかしら」
「心配なの?」
セフォラは、セナ邸での自分の疑似体験が上手くいったと思えなかった。アイメとベノワが一緒にエルナトへ行ってくれるとしても、いつまでも彼らに頼る訳にはいかない。
「モモもバラバラにされたじゃない」
「オイラは大丈夫さ。グレードアップしたし」
「そうね・・・」
そこへ用水路を見回っているロイックに会った。彼はいつもこんな時に現れる。もしそれが意図しての事なら、ヒューゴがイライラするのも分からないでもない。とはいえロイックは、いつも自分が誰かと話したいという時に現れてくれる。
「君もエルナトへ行くの?」
そう聞かれ、セフォラはふーっと息を吐いた。前髪がその息でふわっと上がる。
「エルナトは大変な土地だよ」
「分かってるわ」
「君はロセウスに残ってもいいんじゃない。ここで必要とされてるんだし」
ロイックの励ましは嬉しいが、自分だけロセウスに残るのもいい気がしない。
「ここにはヒューゴもいるんだし」
「ヒューゴが?彼はここに残るの?」
「エルナトはヒューゴが行きたい所じゃないよ。野蛮人が好みそうじゃない」
その言い方が可笑しくて、セフォラはクスッと笑った。
確かにヒューゴはエルナトへは行かないだろう。彼は自然の中というより、文明の方が合う。攻撃的なキトロン人とは違い、高い教養と判断力、そして道徳心を持っている。そして彼はアルバにも行かないだろう。今のアルバは騒々し過ぎる。人を押しのけてでも優位に立とうとする者ばかりなのだ。
エルナトへの移住も始まったとはいえ人気がないようだった。エルナトにはエネルギーを供給できる施設がないので最低限度の機器しか持ち込めない。便利な生活に慣れている民にとって、そんな自然界での生活は考えられないらしい。
では自分はどうなのだ。自分は、首都にもアルバにも馴染めなかった。自然治癒で知られる修道院の自然の中で育ってきたので、ロセウスでも自然に囲まれている方が好きだ。ロセウスは、今、文明国になろうとしている。自分は、そんなロセウスに沿って生きたいのだろうか。
「エルナトへ行こう」セフォラはそう思った。すると急に力が湧いてくるのを感じる。ロセウスでの薬草の研究は有意義だけれど、それは自分以外の者でもできる。エルナトは未知の世界で可能性に満ちている。
「そうね、ロイック。でも私は、その野蛮人が好きかも」とセフォラは言った。
数日後、セフォラはデルフィーヌに「月の間」に呼ばれた。
ロセウスの方が衛星なのだから、ここから見えるのは惑星だ。とはいえそこから見る惑星は、大きな月のように美しい。デルフィーヌはその黄色の月に溶け込むかのように立っていた。
「女王様、セフォラです」
デルフィーヌが振り向く。
「こちらへいらっしゃい。とても綺麗ですよ。今はまだ砂漠の惑星ですが、数十年後には緑と水で覆い尽くされるでしょう」
「はい、聞いております」
「亡くなられた王は、惑星の名をウィルディスに変えることにしていました」
「緑の惑星ですか。素敵ですね」
「ラーウスも緑で覆われているそうですが、厚い雲で囲まれているので、締め切った温室のようだと聞いています。それでも行きたいのですね」
「はい。私が尊敬する院長様も、私がそこに行けるように育ててくださったのだと思います」
「では、私が言うことは何もありません」
「お別れするのは寂しいですが、あの」
とセフォラは以前から思っていたことを言ってみることにした。
「お願いがあります。いずれセイリオス様はゲルノア王に退けられると聞きました。そうなった時にセイリオス様を慰めていただきたいのです」
デルフィーヌは驚く。
「励ませば良いのですか?」
「はい・・・あ、いえ。できれば、セイリオス様を受け入れていただきたいのです」
「受け入れる?」
「はい。キトロンを追い出されれば、ここに来るしかないでしょう」
「エルナトではなく、ここですか」
「そうです。セイリオス様はあの惑星を緑にするために頑張ってこられました」
「確かにテラフォーミングを始めたのはセイリオスです。それが完成するのはまだ先ですが、セイリオスはロセウスが独り立ち出来るようになったのを見届けて去ったのですよ」
セフォラは、デルフィーヌにセイリオスと結婚して欲しいと言いたいのだが、上手く伝えられない。
「あの、セイリオス様は私の後見人です。キトロンの習慣では、後見人は世話していた娘を妻に迎えるそうです。セイリオス様は奥様を亡くされ、そして王にも退けられるのであれば、お慰めする方が必要です。それは私ではないように思うのです」
「つまり、あなたは、その立場を降りたいのですね」
「そうです。セイリオス様にふさわしいのは、私より女王様だと思います」
デルフィーヌは微笑んだ。
「それは、あなたの方が良いでしょう」
「私ですか?」
「ラフリカヌス王が亡くなられた後、セイリオスの立場は難しくなりました。それでも引き続き、この国のために尽くしてくれました。セイリオスの働きに答えるためにも、私は、王子を立派な次の王にせねばなりません」
それを聞いたセフォラは「院長と同じだ」と思った。院長がそうであったように、この女王も抱えているものがある。子供の頃は、好きか嫌いかはっきりしていたのに、大人になると、好きだけでは一緒になれないらしい。
「もしセイリオスが疲れ果ててしまったら、あなたが慰めておやりなさい」
デルフィーヌの勧めに、セフォラは、そんなことが自分にできるのだろうか、そもそもセイリオスは自分のことをどう思っているのだろうと思った。
セフォラはそれ以上言うことがなくなり、お辞儀をし、下がることにした。
彼女の後ろ姿を見ながら、デルフィーヌは思った。
「セフォラ、私には無理でしたが、あなたならできるかもしれません」




