42. 思い
宇宙ステーション・アルバは変わった。
芸術・文化促進のために作られたアルバだったが、キトロンの戦況の悪化に伴い、避難民を受け入れる場所になったのだ。アルバの文化財はロセウスへ移すことになり、その仕事を任されたのは階級を下げられたヒューゴだった。
「こんな仕事、早めに終わらせて軍隊なんか辞めてやる!」と、ヒューゴは吐き捨てるように言った。
他のバサンの者たちは、さっさと別の部署へ移っていた。シムアトの裏切りは他の将軍たちにとって都合が良く、優秀なバサン一族は引っ張りだこだったのだ。
「あいつら、裏切ったんだ!」
「いいじゃないか。キトロンらしいよ。忠節心より野心ってことさ」とロイックは言う。
「お前が俺に付けられたのも当てつけだ。解体を免れやがって」
ロイックは、命令に従わなかったとはいえシムアトに加担した罪によりヒューゴより下に落とされていた。
「何言ってんの。こんな優秀なバイオロイドを解体するなんてもったいないでしょ」
「うるさい!」
ヒューゴの機嫌は直りそうにもない。
ところがアルバからの荷物は半端なく、ヒューゴはアルバとロセウスを何度も往復せねばならなくなった。運ばれてきた荷物もコンテナごとにロセウスの空港の周りに積み上げられ、その整理などで仕事は増えていくばかりだ。
セフォラはといえば、黙々と薬草農園で働いていた。院長を失った悲しみは簡単には癒えないが、アイメやベノワと共にいれるのは救いだ。キアラも農園で働いている。キアラの子供はケレブと名付けられ、すくすくと育っていた。キアラの家の横に、セフォラがアイメやベノワと住む家も建てられた。ベノワがティボとリルの世話をしてくれるので、荒れ果てていた家の周りの薬草畑にも緑が戻っていた。
そんな中、セイリオスがやってきた。
元々、アルバの文化財をロセウスに移すのを指示したのは彼だったので、収拾がつかなくなった荷物をどうすのか決めるために来たのだが、将軍が来る程のことでもない。
「暇なのかな」とロイックが言った。
ヒューゴも首を傾げる。
「さあ、どうだろ。最近、ゲルノア王から疎まれてるしね」
「ロランは来てないようだけど」
「ああ、あいつは今、忙しいらしい」
「いいねー。アルバの騒動で、農民出身の彼にチャンスが回ってきたってことか」
「変なことを言うな。あいつの実力さ」とロランを擁護するものの、悔しく思う気持ちは否めない。
ヒューゴは、父親が将軍に挑戦したことは評価していた。ラフリカヌス王の暗殺事件以来、ライーニア将軍の行動には理解しがたいところがあった。弱気になったと思われ付け入られて当然なのだ。ところが実際に事が起こると、将軍に逆らうのは得策でないと誰もが思った。それが将軍の本来の実力だったのだ。とにかく、自分もロランのように余計なことを考えず従えば楽なのにと思う。アルスランはといえば、アルバで別れたまま音信普通になっていた。いっそのこと彼のように、自由人になれたらと思ったりする。ヒューゴは、中途半端な自分に苛立っていた。
セフォラもセイリオスがやってきて心が落ち着かないでいた。なぜセイリオスが院長を救ってくれなかったのだろうと思うと腹立たしささえ感じる。無理をしてでも院長をエルナトへ連れて行って欲しかった。とはいうものの、セイリオスにとって院長を失ったことはベネッサの死より辛かったかもしれないと思ったりする。
とにかく院長から彼を癒すよう頼まれていたので、疲労回復の薬草でも持って行くことにした。
ところが、セイリオスがデルフィーヌ女王と一緒にいるのを見てはっとする。そして柱の陰に隠れてしまった。
デルフィーヌは、雰囲気が院長に似ていた。だから自分も親しみやすかった。もしかしたら、セイリオスを癒せるのはデルフィーヌの方かもしれない、そう思うと複雑な気持ちになってしまう。デルフィーヌは自分と同じくらいの背丈なのに、女性としての美しさや円熟さが全く違う。自分は、初めてセイリオスに会った時よりは大人になったと思うけれど・・・
「チンチクリンの域は出てないね」とモモが言った。
「モモ!」とセフォラは怒り、誰かに聞かれなかったかと左右を見る。
盗み見している自分が、やましいことをしているようで恥ずかしかったのだ。
「セフォラ」
セフォラはビクッとして振り返る。するとそこにアルスランがいた。
慌てたセフォラは走り出す。アルスランも後を追ってきて、あっという間に彼女を追い越してしまった。
二人を追いかけていたモモが言った。
「二人とも、何で走ってんのさ」
セフォラが走るのを止めると、アルスランも止まった。
「どうして追いかけてくるの?」
「追いかけてたのは君の方だろ」
「それはあなたが追い越したからで・・・最初、あなたが追ってきたんじゃない」
「君が逃げるからだよ」
「あなたが私をびっくりさせたんでしょ」
するとアルスランは、そっぽを向きながら言った。
「それは悪かったな」
その言い方にセフォラはイラッとした。逃げるのを追いかけるのは動物的でキトロン人らしいのだが、いつもの彼とは何かが違う。そう感じたのだけれど、自分の後ろめたさから攻撃的になってしまう。
「どうしたの?なんだか変よ」
「変?」
「そうよ。ヒューゴが心配してたわ。今までどこへ行ってたの?」
「エルナトだ」
「ええ⁉︎」
「とにかく、ヒューゴにはアルバで会った。俺がエルナトへ行くって言ったら、リネンチェストを渡してくれって頼まれたんだ」
アルスランはセフォラを空港の倉庫の一つに連れて行き、リネンチェストを見せた。それに入っているのは、彼女が修道院を出る時に着ていた白いドレスと灰色がかった青のコートだった。蓋を開け、そっと触る。あれからかなりの時間が過ぎてしまった。これを着た時、院長は生きていたのだ。
「ヒューゴに、他のものと混ざって無くさないよう俺に持って行ってけってね」
セフォラは、ドレスを撫でていた手を止めた。
「アルスラン。セナ夫人に連絡できないかしら」
セフォラは、どうしても院長のことが諦められないでいた。院長の命を救い、アイメとベノワも守る方法があるかもしれない。院長に生き延びてもらいたいという強い思いがあった。
「ここからは無理だけど、方法はある」
「あるの?」
「アルバの球体だ」
「球体?」
「元々、球体を作ったのはセナ公だ。球体を使えば連絡できるかもしれない」
「アルスラン。私をアルバに連れて行って!」
セフォラは目を輝かせた。




