4. 口実
「引越しの手伝い? 何だよ、それ」
「しっ」ロランは驚くアルスランの肩に手をあて、操縦室の方を見た。小型輸送機の操縦室には操縦士と数名の兵士たちがいる。ロランは彼らの様子に変化が無いのを確認し手を離した。
「俺たちは審判のために行くんじゃなかったのか?」
「俺だってそう思ってたよ。だけどさっき上官たちが話しているのを小耳にはさんだんだ」
小型輸送機は十数名が乗れるほどの小さなもので、ライーニア将軍と護衛をかねた将校や兵士たち、そして3人のカデッツなど10名ほどが乗っていた。
「修道院は活動を分散させているらしい」
「だったら、反逆罪だの処刑だのって、どんな関係があるんだよ」
「そんなこと俺にも分からないよ」
「元々審判ってのも変だと思ってたんだ」
「まあな。とはいえ前王のナンバーワンだったライーニア将軍が、前王の妹君の引越しの手伝いをするのだっておかしな話だ」
「お前ら、空港に俺を迎えに行くよう言われた時、何か聞いてないのか?」
「聞いてないよ。『明朝、審判ために出発するから迎えに行け』ってことだけさ」
「他に何か特別な情報は? それこそ修道院が攻撃されるとか」
「もしそうだとしたら、こんな少人数で行くわけないだろ」
声を潜めて言い合うアルスランとロランを見ていたヒューゴが口を開く。
「審判は口実だったのかもな」
二人はヒューゴを見た。
「じゃあ、引越しの手伝いが本命?」
そう言ったロランにヒューゴは、呆れたようにため息をついた。
「そんなはずないだろ」
ロランはペロッと舌を出して笑った。彼の性格はさっぱりしていて、小難しいことを並べるヒューゴと、無愛想なアルスランとの間の潤滑油のような役割をしていた。
「ライーニア将軍にとって、今、院長に会うのは危険なはずだ」
それはアルスランとロランも知っていた。多くの者たちがライーニア将軍の力を認めており、影響力のある院長を味方につけ国の指導者になるかもしれないと期待する一方で、警戒する者たちも少なくない。国が跡継ぎ問題で混乱している間、この二人はなりを潜めていた。ところが次の王が決まり、戴冠式の直前にこの二者は会おうとしている。
「戴冠式を乗っ取るとか?」
「いや、それだったらもっと早く行動しただろう。むしろ個人的な事なのかもしれない」
「個人的なこと?」
ヒューゴは辺りを確かめるとより声を低めて言った。
「その昔、ライーニア将軍と院長は恋仲だったという噂がある」
「ええっ!?」
アルスランとロランは慌てて自分で口を塞いだ。
「かなり昔の話だが、前王が『もし院長とライーニア将軍が結婚していたら自分の首はかき切られていただろう』と言われたことがあったらしい」
「そんな話、どこから仕入れてきたんだ? 参謀の親父か?」
「俺の親父がそんなこと漏らすわけないだろ。別の情報筋さ」
「その話の続きは?」
「院長が『たとえライーニア将軍が我が夫でも、王に対する忠誠心は変わらないでしょう』と答えられたそうだ」
と、そこでこの三人の会話は途切れてしまった。奥からライーニア将軍と側近が出てきたのだ。三人は壁を背にして並び直立する。ライーニア将軍は彼らを見ると優しく微笑んだ。
アルスランはこの兄が苦手だった。母親が違い、年も親子ほど違う。自分の母親は妾だったので、ライーニアの性を名乗らせてもらえるだけでありがたいはずなのに、この兄の存在の大きさは彼にとって負担でしかなく、余裕のある微笑さえ自分を萎縮させてしまう。年が離れているため兄弟のようでもなく中途半端で、この兄の勢力、いや生命力と言った方がいいのかもしれないが、その強さは若い自分を遥かに超え、魅力的でさえある。いっそのこと親か他人だったら良かったのにと思ったりする。
ライーニア将軍は操縦室へ向かい、アルスランたちもそれに従った。操縦室には幾つかのスクリーンがあり、前方の大きなスクリーンに、彼らの向かう石造りの要塞のような修道院が見えてきた。