37. 企み
セフォラは冷たい床の上で目覚めた。薄暗いドーム状の部屋は、立ち上がれば頭がすれすれの高さしかない。上体を起こす。頭がぼーっとして、何も思い出せない。
「セフォラ、大丈夫?」
モモが、セフォラの膝に前足を乗せて彼女の顔を覗いた。
「私、どうしたの?」
「オイラも分かんないよ。セフォラを探してたら、脱出ポッドの中に倒れてるの見つけて、中に入ったらドアが閉まって、どこかへ飛ばされたらしいんだ」
「じゃあ、ここはロセウスじゃないの?」
「多分。もう止まってるから着いたみたい」
「出口は?」
「閉まったら消えちゃった。キトロンのものだってのは分かるけど。ゴメンネ。助けられなくて」
セフォラは、目をウルウルさせているモモを抱き上げる。
「いいのよ。モモが一緒にいてくれて。寂しくないもの」
「うん」
「モモの体は柔らかい」
「ボコボコにされた時、新しい体に作り変えてもらったからね」
セフォラは、モモが子供達に襲われたのがショックで夢にうなされたのを思い出し、なぜかクスッと笑った。
「あの時ビックリしたわ。でもすぐに治してもらって、セナ夫人に感謝ね」
「ううん。セナ公だよ」
「え?」
「オイラを作ってくれたんだ」
「そうだったわね。じゃあ、お父さん?」
「うん、お父さん」
その時、シュッと音がして横の壁に人がかがんで通れそうな穴が開いた。
「セフォラ!大丈夫か?」
外からアルスランの声がする。
「アルスラン!ここはどこなの?」
アルスランは穴に身を乗り入れ、セフォラの両手を掴み、外へ引きずり出した。
そこは、アルバ・宇宙ステーションだった。アルスランの後ろには、肩で息をしているロランがいて、ロランの剣で腹を切り裂かれたらしいロイックが壁を背にして座り込んでいた。セフォラは悲鳴を上げ、ロイックは彼女を見上げる。すると、セフォラの記憶は徐々に戻ってきた。
セフォラは、畑で突然に現れたロイックに「アイメとベノワが来ている」と言われ、慌てて空港へ向かったのだ。そして空港で宇宙船の中に入ったあたりで記憶は途切れている。
「アイメ、ベノワ・・・院長様は・・・」院長をも思い出したセフォラの目から涙が溢れる。院長の死を知って泣く日々が続き、その後、放心したように一人で畑で時を過ごしていた。
そんなセフォラの様子にアルスランは慌てる。
「ロランから君が危ないと聞かされて二人で捜してたんだ。異次元に隠されていたらしくって見つからなくって、こいつの後を付けてたら、脱出ポッドがここに現れたんだ」
ロイックのはみ出しそうな内臓を抑えた手は、流れ出る乳白色に濁った液体で濡れている。赤い血ではなかった。
「これで僕はバイオロイドだってはっきりしたでしょ」とロイックは、薄笑いしながら減らず口を叩く。
「こいつ!」とロランはロイックを足で蹴った。
震える声で「あなたは、なぜこんなことをしたの?」とセフォラが聞くと、ロイックは悪びれもしない様子でふふっと笑った。
「それは、僕がバサンに属しているからさ。君に言ったよね。覚えておいてって」
バサンは、シムアトとその一族のことだ。あの時セフォラは、何のことだろうと思っただけだった。そしてロイックは、自分を疎ましく思うヒューゴを面白がっていたのも思い出す。
「とにかく、こいつを片付けないとな」とロラン。
「セナ夫人がセフォラを捜すようおまえに言ったんだろ。他に何か聞いてないのか?」
「聞いてない。こいつをどうするかは、ライーニア将軍かシムアト・バサンかの、どちらが勝つかで違ってくるけど」
「ライーニア将軍が?」とセフォラ。
「ああ。今、シムアトと戦ってる」
「え?」
「参謀のシムアトが裏切ったんだ。将軍の妻のバネッサを寝取って権力を握ろうとしている」
「寝取った⁉︎」
「バネッサに王位継承権はないんだけど、アルバ・宇宙ステーションの女主人だし、ここには球体もある。シムアトは、アルバと球体を手に入れたいんだ。それにはバネッサを寝取るのが手っ取り早い。あの美貌だ。奴じゃなくても彼女を狙ってる男は沢山いるしね。とにかく妻を寝取られた夫は相手と戦う権利が与えられるから、シムアトにとってはライーニア将軍を倒すのに都合がいい」
セフォラは、この国の男たちの気性からするとそれも不思議でないと思ったが、あのシムアトが裏切るとはどういうことなのだろう。彼に「エルナトの女王」のことを聞いた時、驚いた様子だったことと何か関係があるのだろうか。
「じゃあロイックは、なぜ私を誘拐したの?」
するとロイックの代わりにロランが答えた。
「君を殺すように言われたらしい」
「え?」
「まあ、それはしょうがないよね」とロイックが口を開いた。「だって、レディ・エレイーズが亡くなられた今、君はバネッサ様にとって邪魔者でしかない」
「私が邪魔者?」
突然、ロランの通話機に連絡が入り、ライーニア将軍がバサンを殺したと知らされた。
「これで一件落着だ」
「とにかく俺たちもそこへ行こう。星のよく見える広間だったな。セフォラ、歩けるか?」
「ちょっと待って」
セフォラは、ロイックの態度が腑に落ちなかったが、なぜモモがロイックを警戒しないのかも不思議だった。ロイックはバイオロイドだから、モモが正しく感知できてなくても、自分を殺そうとしていたのに気づくはずだ。しかもロイックは、自分を殺さず誘拐し、モモまで脱出ポッドの中に入れている。
「ロイック。あなたが『バサンであることを覚えておいて』って言ったのには、どんな意味があるの?」
彼はニヤリとする。はっとしたセフォラは、ロランとアルスランを振り向く。
「ヒューゴはどこ?」
「もちろん、父親のところさ」とロランが答える。「もっとも奴は、自分が何であそこに呼ばれたのか知らなかったけどね」
「ああ、時々俺とヒューゴは連絡し合ってたんだが、『急にアルバに呼ばれた』って不思議がってた」
「とにかく、アルスランがヒューゴの事を教えてくれて良かったよ。だから君もアルバにいるかもしれないと思ってロイックを見張ってたら、あっさりと君の所へ行ってくれたしね」
「ヒューゴは大丈夫なの?」
「さあ、大変なんじゃないかな。親父が反逆しちまったんだから」
セフォラは、ロイックに近づき跪いて、彼の顔を正面に見た。
「ロイック。バサンって、ヒューゴのこと?」
ロイックは目を細める。
セフォラは立ち上がった。
「ロラン、彼の手当をして」
「え?」とロラン「俺が奴の?」
「あなたが彼に怪我させたんでしょ」
「だってそれは」
「いいから!」と言って、アルスランを振り返る。
「アルスラン、早くヒューゴのところに行きましょう!」
アルスランは、訳が分からないという顔をした。
するとモモが、「セフォラが早くって言ってるでしょ!」と怒って彼の足に噛み付く。
「こいつ!」とアルスランは、モモを振り払おうとしながらセフォラの後を追う。するとモモもアルスランを離して駆け出した。
セフォラは走りながら振り返りロイックに言った。
「ヒューゴは私が助ける!」
ロイックは右手を額に当て、駆けていくセフォラの背中に敬礼した。
「よろしく」




