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エルナトの女王  作者: Naoko
35/52

35. 実のならない花

薬草の人口栽培は簡単ではない。原産地の気候風土が違えば、種を蒔いても発芽せず、花が咲いても実がならないこともある。緑化が進められているロセウスの農園も、サクマティ修道院の薬草畑とは違う。それでもセフォラは、失敗を重ねながら成果を上げ、自分の知識が役に立つのを嬉しく思うのだった。


体力を回復したアルスランは、ロセウスから去っていった。セイリオスもあの時にロセウスを訪問したままだ。キトロンの戦争は激しさを増しているらしいが、この遠く離れた地域では、戦争の噂さえ聞くことは無い。

セフォラは、時々祖国へ残した人々のことを思い出すことがある。そして体型はロセウスの人々と似ているのに、やはり自分はキトロン人なのだと思った。



そんなある日、突然、デルフィーヌ女王が農園へやって来た。


慌てて農園の責任者が汗を拭きながらやって来ると「申し訳ありません。女王様が見えられるとは知らず、失礼をしました」と恐縮しながら女王に挨拶した。

「気にすることはありません。急に、この景色を見たくなったのです」

そう女王が言うと、セフォラは、誰かが「今日は前王の亡くなられた日だ」と密かに言うのを聞いた。

前王のシュテライは、数年前、惑星のテラフォーミング計画に反対する勢力との抗争中に命を落としたのだ。


デルフィーヌはゆっくりと農園を見学し、それから休憩所で休んだ。セフォラは、彼女のために調合した薬草茶を準備していた。そのお茶をすすったデルフィーヌは「まあっ」と声を上げた。

「なんて素敵な香り、そしてまろやかな味なんでしょう」

「喜んでいただけて光栄です」セフォラがそう言うと、女王は目を細めてそれを飲み干した。


「シュテライに農園を見せたかったわ」とデルフィーヌが言った。

「シュテライ様は、この地の緑化を望んでおられたそうですね」

「ええ、私が少女のころから、シュテライはその夢を私に何度も語ってくれました。その頃は『あり得ない夢だ』と誰も信じなかったのですが、彼はすでにセイリオスと、その夢を実現させようとしていたのです」


セフォラは、セイリオスがそれほど前からこの国と関わっているとは知らなかった。当時、この国には様々な勢力が分裂を引き起こし、シュテライは数々の困難を経て国民の支持を得てまとめていった。王子が生まれたばかりの時、最後の争いで王は命を落とし、セイリオスが騒動を終わらせた。そして王の葬儀が終わると国民は、王子が成人するまでデルフィーヌが国を治めることを望み、それにより民の心が一つになったのだ。


セフォラは、以前からデルフィーヌのセイリオスに対する気持ちが気になっていた。それを聞いていいのか、そもそもどのように聞けるのか分からないでいた。だが、このように農園の隅で、二人だけでアフタヌーンティーを楽しめる機会は初めてでもうないかもしれない。それで思い切って聞いてみることにした。


「あの、デルフィーヌ女王。セイリオス様をお好きですか?」

デルフィーヌは驚いたように目を大きく開けてセフォラを見る。

セフォラは「しまった」と思った。とはいえ「愛しておられますか」はおかしいし、「好き」と言う言葉はどうにでも取れるが、嫌いであるはずもないから好きに決まっている。セフォラは顔を真っ赤にして俯いた。


デルフィーヌは、そんなセフォラに笑顔で答えた。

「シュテライと私は、セイリオスが大好きでした」

セフォラは顔を上げる。

「シュテライとセイリオスが会話を始めると、夜が更けるのも忘れてしまうようで、私はそんな二人を見ているのも好きでした」


セフォラは、今日はシュテライの亡くなった日なのを思い出した。

「シュテライ様が亡くなられて、お寂しいですね」

「ええ、それでも私には王子をこの国を治める王にする勤めがあります。それが今の私の生きがいでもあり、そのためにはどんな犠牲も払うつもりです」

セフォラは慌てて「失礼なことをお聞きしました」と謝った。

「いいえ」とデルフィーヌは微笑する。「セイリオスは私を、この国の母として見てくださっています。ご自分のお子様を亡くされたこともあるからそう思われるのでしょう」

「お子様を亡くされた?」


セフォラはセイリオスとベネッサの間に子供がいたことを知らなかった。あのベネッサから母親を想像できない。とはいえ二人は夫婦なのだから、子供がいてもおかしくない。


「お子様といっても、まだ生まれてない胎児だったそうです。妊娠中に毒を盛られ流産したと聞いています」

「流産⁉︎」

「当時、ベネッサは結婚したばかりで若く、大変気落ちされたようです。そのころ、ラフリカヌス王の二人の息子たちも毒殺され、ベネッサは、もう子をもうけないと決めたそうです」


セフォラは、ベネッサには影があると感じていたが、そんな辛いことがあったのかと心が痛んだ。そしてベネッサのことを良く思っていなかった自分を恥ずかしく思う。もっと彼女の気持ちに寄り添うことはできなかったのか。いや、若くて経験のない自分に何ができよう。しかも夫のセイリオスは自分の後見人で、彼が望めば自分が彼の子を孕めるのだ。そのことをベネッサは考えないはずはない。だから彼女は、自分に挑戦的な態度を取ったのではないか。

そう思うと、セフォラは恐ろしくなってきた。権力抗争など考えたこともなかった。彼らは力を得るために子供でさえ毒殺するのだ。とはいえ由緒あるライーニア家に、後を継ぐ男子がいないというのは問題ではないのか。ベネッサとセイリオスは寝床を共にして愛し合うことが多いようだけれど、それは子をもうけるためではなかったのか。

そして院長は、自分がセイリオスの子を宿すことを望んでいるのだろうか。


「セイリオス様は、お子様を望んでおられるのでしょうね」

「さあ、どうでしょう。確かにキトロンでは一夫多妻が認められているので、別の妻によって子を得ることができるでしょう。とはいえあれは、気性の激しいキトロン人の男たちが、若い妻を迎えようとして、年のいった妻たちに不当なことをするのを防ぐためだそうです。ですから法律は譲歩したのであり、元々認められていなかったのです。ですからセイリオスは、子を産まないからと言って、ベネッサを離縁したり、また別の妻を迎えることはありません」


それを聞いたセフォラは驚いた。

「セイリオス様は私の後見人です。キトロンの習慣で、私は後見人の妻になると聞かされましたが、セイリオス様は、私を妻にすることはないのですね」

デルフィーヌは、にっこりするとセフォラに答えた。

「そうです。ご安心なさい。あなたはまだ若いですから」


セフォラは、この時、自分の中にあったほのかなセイリオスへの思いに気付いた。

攻撃的なキトロン人は恐ろしい。三人の若者たちが警護してくれていたのだけれど、セイリオスが自分を守っているのだと思っていた。だから親子ほど年上の男性の妻になると聞かされても不快に思うことはなかった。それは院長も望んでいるのかもしれなかったし、あの院長とセイリオスが二人でいた雰囲気に憧れ、セイリオスの優しさと円熟さに魅せられていた。不安定な若い男性とは違う心地よさがあったのだ。そしてデルフィーヌが、あの修道院での時と同じ雰囲気でセイリオスと共にいたのを見て、自分は嫉妬したのだと知った。それを見透かされているようで恥ずかしくもあるのだけれど、それより自分がセイリオスの愛の対象にならないことに動揺している。セイリオスが愛しているのは、あの美しくも実をなさないベネッサなのだ。

その時セフォラは、女王が言った『どんな犠牲でも払う』という犠牲が何なのか考えなかった。


セフォラは、自分の気持ちを悟られまいとして平常心を装う。

「そうですか。セイリオス様の妻になると聞かされ、どうしたものかと思いあぐねておりました」


デルフィーヌが去り、セフォラは片付け始める。すーっと涙が流れ、自分の初恋は終わったのだと思った。

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