34. 異次元走行
数日後、セフォラはロイックと共に宮殿へ向かった。セイリオス・ライーニア将軍がロセウスに来ていたからだ。アルスランはかなり回復しており、ヒューゴも隊に戻ることになっている。セフォラは、アルバ・宇宙ステーションへ戻る日がきたのだと思った。
荒野でのテント生活は、アルバからするとかなり不便だ。空気は乾燥し、一日の寒暖の差は激しく、土色の景色がどこまでも続いている。湿度が高く緑の多い土地で育ったセフォラにとって、戸惑うことが多い。それでもセフォラは、アルバよりここの方が落ち着くと思った。自然の中にいるのが好きなのだ。
セフォラとロイックを荷台に乗せたトラックは、砂ぼこりを立てながら一直線に走っていく。ロセウスは、キトロンのような先進国ではない。彼らが乗っているトラックも古く、ガタガタと音がして今にも壊れそうだ。風に吹かれ四方八方に乱れたセフォラの髪が、背中にいるモモの顔をバシバシ叩く。モモは不機嫌だが、振り落とされないようにしがみつくのに精一杯だった。
そうしている内に街が近づいた。空気中の水分は増し、緑も増えていく。木々に囲まれたロセウスの宮殿は、キトロンの宮殿のように荘厳では無いが、親しみ易い。トラックが門を通り、宮殿の入り口へと続く緑のトンネルに入ると、セフォラの心は、水を得た魚のようにぱあっと解放されていくようだった。
二人は宮殿に入り、吹き抜けの天井へと登っていくかのような長く大きく曲がった階段を登り、大広間に入った。開け放たれた両開きのドアの外から、心地よい風が吹いてくる。その風に誘われるようにドアを抜け、屋根付きのテラスへ出る。
セフォラは、「あっ」と声を上げた。向かい合って座っていたデルフィーヌ女王とセイリオスが振り向く。
「この光景、覚えがある」とセフォラは思った。
セイリオスとデルフィーヌの姿は、逆光によりシルエットになっていた。それは彼女が修道院で見た、院長とセイリオスの雰囲気に良く似ている。彼女はあの時、二人の様子に釘付けになったのだ。
セフォラは、院長と将軍は愛し合っているのではと思うようになっていた。どうして二人が結ばれなかったのか。それに院長のあの傷。何があったのか。なぜ院長は、あの傷を自分に見せたのか。
そして今、自分はセイリオスとデルフィーヌを見て当惑している。
自分と接する時のセイリオスは穏やかだ。ところがベネッサといる時の彼は、いくらか違う人の様に思える。一瞬だったので確かではなく、思い違いかもしれない。それなのに、デルフィーヌとの間に流れる親密で穏やかな空気。まるで心を通じ合わせているような・・・
「・・・薬草栽培をお願いします」
「えっ?」
セフォラは、デルフィーヌ女王の言葉で我に返った。
「ここに残って、薬草の栽培を助けてくれると助かる」セイリオスも続けた。
セフォラは、すぐには答えられなかった。ロセウスに残れる方が嬉しいはずなのに。アルバに戻りたくないのは明らかで、ここの方が居心地がいいのに。
居心地がいい・・・そう、自分はアルバの女主人・ベネッサと親しい関係になれるとは思えない。ベネッサは母親違いとはいえ院長の妹なのに、自分が尊敬する院長を良く思っていない。院長、デルフィーヌ女王、そして、セイリオスの妻であるベネッサ。
セイリオスは、彼女らをどう思っているのだろう。
セフォラは、深呼吸すると、
「はい、デルフィーヌ女王。喜んで、薬草栽培のお手伝いをいたします」と答えた。
その夜、セフォラは野営キャンプに戻らなかった。
アルスランは、セイリオスが来ていること、そしてセフォラがロセウスに留まることを聞かされたが、何も言わなかった。そして夜遅く、テントを離れ近くの小高い丘の上に登り、仰向けになって夜空を眺めた。岩が野営の灯を遮るので、満天の星がくっきりと見える。惑星の上らない夜だ。
「なんだ、こんなところにいたのか」と丘を登ってきたヒューゴが言った。
アルスランは体を起こす。
ヒューゴは「体を冷やすなよ」と言って持っていた毛布をアルスランの肩にかけ、横に座った。
アルスランは何も言わず、ヒューゴを否むこともせず、星を見続ける。
ヒューゴもしばらくの間、共に星を見つめ、それからおもむろに口を開いた。
「もうキトロンには戻らないのか」
「戻ってどうするんだよ。俺はライーニア家にとって厄介者だ」
「じゃあ、どうするんだ」
「これから考えるさ」
ヒューゴは、アルスランが気がかりだった。自分も父親に反発し、同じ道を歩むのに抵抗がある。とはいえ優位になれる軍の将校の地位を、彼の様に自分から捨てるほどの勇気はない。
「お前はすごいよ」とヒューゴは言った。
アルスランはヒューゴを見ると、白い歯を見せる。
「すごい?皮肉か?馬鹿だって言ったじゃないか」
「それはロランだろ」
「そうだったっけ。あいつ、今どうしてる?」
「真面目に軍人やってるよ。すぐに中尉になっちまったし、これからどんどん昇進していくんだろ」
「俺はお前の方が先に上に行くと思ってたけどね」
「そうだな・・・」
「明日には戻るんだろ。頑張れよ」
ヒューゴは、そう言うアルスランを見てフッと笑い、また空を見上げる。
「なあ、アルスラン。お前、エルナトに行かないか」
「あそこは人の住む所じゃないぜ」
「いや、住めるようになってきてるらしい」
「なんだよそれ。セナ夫人から吹き込まれたな」
ヒューゴはそれに答えなかった。確かにその情報はセナ夫人からのものだ。とはいえアルスランにエルナトへ行かせたいとういうような話は無かった。ヒューゴは、自分がエルナトに興味を抱き始めていたのだ。
「セナ夫人は、エルナトに人が住めるようにするよう兄上を急かしていたからな。薬草を見つけた植物ハンターって、セナ夫人の息子だったんだろ。もう死んでしまってるから、息子への思いでもあるんじゃないか。どうせ俺たちの国はもうダメだし、セナ侯も長くない。あのセナ邸に作られたジャングルは、まさにエルナトだ。行き場のない孤児たちを集めて、あいつらをエルナトへ送ろうとしてるのさ」
「それだけじゃないんだ」
「何が?」
「球体があるんだ」
「え?あの首都にある球体か?それともアルバの球体?」
「エルナトの球体だ」
「第三の球体があるのか?」
「いや、エルナトのは二番目に作られた球体で、アルバが三番目なんだ。セナ夫人の息子が、エルナトに球体を持って行ったらしい」
「片道四十年以上の道のりだぜ。反対側に球体がなければ走行距離を短縮できないからな」
「ああ、だからそれに人生をかけたらしい」
「人生をかけるって、薬草を取ることにか?」
「いや、それだけじゃない。宇宙空間の異次元走行が可能になった時、誰もが恒星間の行き来を楽にできるようになった。さらにゾルファたち科学者は、十二の異次元を組み合わせて時間を短縮させた。最もそれは球体が影響を及ぼせる範囲内に限られるけどね。それ以外の宇宙空間では、反対側に別の球体があればあっという間に行ける。それは敵国にとっても驚異だから、アルバは、エルナトにある球体を隠すため、ラフリカヌス前王の時代に、芸術や文化目的の平和利用と称して設置されたらしい。だからベネッサをアルバの主人にしたんだ」
「姉上は、芸術を理解しない民衆が嫌いだしな」
「長い間、キトロンは、ラフリカヌス王とセイリオス将軍のおかげで平和を維持していた。将軍は、優れた統率力で、戦いの前に勝敗を決められたからね。だが国民は、自分たちが持っている知識や技術で高い知性や品性を得ることより暴力を好んだ。今のキトロン人は、高度な科学力を上手く使うことができない。セナ侯によると、あと千年は必要だそうだ」
「だから球体に全ての知識と技術を詰め、エルナトに隠すことにしたってわけか」
「そしてそこにキトロンの繁栄を知らない者たち、つまり貧しい者たちや孤児たちを送ろうとしている」
「ふっ、確かに。優れた科学技術の中で甘やかされ、何不自由なく生活し、わがままで気の短いキトロン人がエルナトの過酷な土地に順応できるとは思えないからな」
ヒューゴは立ち上がり、アルスランに手を差し伸べる。アルスランはその手を取ると、自分も立ち上がった。気温はどんどん下がっていき、ヒューゴの開いた口から真っ白な息がもれた。
「ああ、これは、国民総入れ替え計画だ」




