30. 緊張
「こんな物はこうしてやる!」
モモは部屋に戻ると首から蝶ネクタイをはずしてポイっと捨てた。
「モモ、物に当たるのは良くないわ」
「ふん!オイラはピエロじゃないやい!」
そしてモモが服を脱ごうとしてもがくので、セフォラは手伝ってやった。
「モモの服は素敵よ。ほら、私のとマッチしてるし」
「オイラに服なんていらないさ。大体、何だよあの女は、セフォラを馬鹿にしてるんだ」
「女だなんて失礼よ。院長様の妹君なのに」
セフォラは、鼻息荒いモモが可笑しくて、ベネッサとのことなどどうでもよく思えてきた。そしてモモをギュッと抱きしめる。
「あなたがいてくれて良かった」
セフォラは、突然に修道院を追い出され、宮殿へ行き、セナ邸での経験を経て、今は宇宙ステーション・アルバにいる。気の荒いキトロン人にも慣れてきた。そうして、レディ・エレイーズやセナ夫人が、自分に何かを期待しているようにも思えてきていた。
「ねえモモ、あの球体は何なの」
モモは一瞬動きを止める。詳しいことを言っても分からないセフォラのために、膨大な情報を整理する必要があった。セフォラが知りたいのは大まかなことだけなのだ。
ということで「この国の科学はあまりにも進み過ぎたので、それを活用できる社会になるまで、知識や情報など全てのものを球体の中に詰め込んだ」と答えた。そしてその科学者たちの最後の一人がゾルファで、彼が生きている間、球体は守られていると付け加える。
「え?じゃあ、ゾルファ様が亡くなられたらどうなるの?」
「さあ、それはオイラでも知らない。第二の球体を作ってこんな僻地に持ってきたのは、球体を保護するためらしいけど」
セフォラは「そうなのか」と思ったのだけれど、美しく豪華なのに閑散としている宇宙ステーションで会う人は芸術家ばかりだし、そんな科学技術の粋を極めた大切なものを守っている様子ではない。
「モモ、院長様はどうしておられるかしらね」
「一般人に紛れて活動しているらしいけど、詳しいことは分からないよ。分かったら危険じゃない。戦争中だし」
「そうよね。私だって安全のためにここに送られたのだし、ああ、セナ夫人やキアラが懐かしいわ」
セフォラは、せめてセナ夫人と話したいと思うが、今のこのベネッサとの関係を何と説明していいのか分からない。一応、無事に着いたことは伝えたが、良い報告が出来るようになってから連絡しようと思っていた。
そうして月日が経ち、セフォラは図書室で本を読む時間が多くなった。ここには退屈を紛らわす便利な科学機器はいっぱいあるのだけれど、畑や薬草作りなど自然の中で育った彼女には馴染めず、紙のページをめくれる本が一番しっくりする。そして時々、展望室へ行って星を眺めたりする。あれ以来、ベネッサに会っていない。会っても緊張するだけなので、その方が気が楽といえば楽だった。
ところが、ある日、展望室に一人の男性がいた。
「彼は、シムアト・バザンだ」とモモ。「ライーニア将軍が最も信頼する参謀で、彼の意見は『神の声』とも言われている。ヒューゴの父親だよ」という説明に、セフォラは驚いた。
「ヒューゴのお父様って、そんなにすごい方だったの。私の周りには偉い人ばかりだからビックリだわ」
「あのね」とモモ。「セフォラは孤児だったとはいえ、前王の妹君に育てられたんだよ。そんなに卑屈にならなくてもいいと思うけどね。もっとしゃんとしなよ」
その会話はシムアトにも聞こえており、彼はニコニコしながらセフォラの方へやってきて挨拶した。
「レディ・セフォラ・デ・カッセル。私は、シムアト・バサンです」
セフォラは、「レディ」と言われると、身分不相応な気がしてこそばゆく感じる
「は、はい。お初にお目にかかります。バサン様、あの、息子さんにはお世話になりました」
「聞いております。息子はセナ邸で良くしていただいたようですね」
「あ、はい・・・」と、彼女は、セナ邸でのことを言ったらいいのか、そもそもどんな話をしていいのか分からない。出来ればさっさとここを離れたい。
「バサン様は静かに星を見ておられたのに、お邪魔しました」
「いいえ、そんなことはありません。一緒にいかがですか」
「一緒に」と誘われた彼女はどう返事をしたら良いのか困ってしまった。確かに自分も星を見に来たのだけれど、父親を知らない自分が、父親のほどの男性、しかも『神の声』と言われるほど頭が良さそうな偉い人とどんな会話をするというのだ。二人で黙って星を見るのも変だし「星がきれいですね」とでも言うのだろうか。自分が話せないなら相手が話すのを聞いたらいいのだが、星の詳しい話などされても返答できない。何とか退散する手立てはないか。彼は軍服を着ているので用があってここへ来たはずだから、「お忙しいでしょう」とか言ってここを去れないだろうか。
「えっと、あ、あの、セイリオス様もいらしておられるのですよね」
「そうです、ベネッサ様とご一緒です」
「は?ベネッサ様とですか」
「はい、夫婦ですから」
セフォラは、「自分は何を言ってるんだ」と恥ずかしくなり、顔が真っ赤になるのを感じた。
「えっと、そう、バサン様は、エルナトの女王をご存知ですか」それはもう何でもいいから頭に浮かんだことを口にする。
すると急に、彼の顔が真剣になった。セフォラは、変なことを言ったのかと後悔した。彼女は、エルナトの女王はベネッサかもしれないと思っていた。つまり、ベネッサは女王のような風格があるという意味だったのだ。
その時、後ろから誰かが来た。「助かった」と思ったセフォラが振り向くと、なんとそこにいるのはヒューゴではないか。
「ヒューゴ!どうしたの?こんなところにいるなんて」
彼は二人の元へ来ると黙礼する。
セフォラは「久しぶりね」と言うと、立板に水のごとく話し始め、もはや自分が何を言っているのか分からなくなってしまっていた。
ヒューゴは、セフォラが緊張しているのだとすぐに察しがついた。自分だってこの父親といると緊張してしまうのだ。それで彼女が息継ぎをした時を見計らい助け舟を出す。
「セフォラ様、私とロセウスへ行っていただけませんか」
「ロセウス?」
それはアルスランがいる場所だった。




