29. 優れた国民
セフォラが連れて来られたのは、ベネッサの衣装替えの間だった。そこには、服や靴、帽子、そしてアクセサリー等、彼女のえりすぐりの物が収納されており、部屋の中央には大きな台や幾つかの鏡などが置かれていた。その台の上にセフォラの衣装がならべられ、彼女はその艶やかさに目を見張る。ベネッサは椅子に深々と座り、アンドロイドたちにあれこれ指示してセフォラに新しい服を試させる。ベネッサは、この着せ替えを気に入っているようだった。上機嫌のベネッサにつられ、セフォラも楽しくなったようで、自分が嫌われているのでは、という思いはどこかへ消えてしまっていた。
そしてセフォラの服は、うす桃色のふんわりとした膝丈スカートの可愛いドレスに決まった。葡萄色のボレロや上品な生花のカチューシャも合わせられ、退屈していたモモでさえ着飾られてしまった。モモの紳士的なグレーのスーツ、蝶ネクタイは、セフォラの腕に巻かれたピンクのリボンとお揃いだった。ベネッサも着替えを済ませ、二人は出かけた。
彼女らが行った先は、古都を感じさせる風情のある街だった。セフォラは、そのノスタルジックな雰囲気にうっとりする。往来する人の数は少ないが、会う人々は皆ベネッサに挨拶し、音楽や芸術などの話をする。セフォラは話されている内容は良く分からないのだが、彼らが自分に関心がなく、無視されるのはいくらか寂しいが、脅かそうという気もないので安心してベネッサの横にいた。彼らは、セフォラが以前に市場で会った人々とは違い、高度な教育を受けているようだった。
「ベネッサ様、こんなに素敵な所を攻撃されるようなことはありませんよね」
急にセフォラは、この国は戦争中なのを思い出し心配して言った。
「攻撃?」とベネッサは返事する。「ここは、戦闘区域から高速のワープを使っても四十年はかかるから、戦争なんて終わってしまうんじゃない」
「四十年!?」
セフォラは、このころまでに何か変だと思っていた。首都に入った時、戦闘中だとは思わなかった。攻撃されていたのを知ったのは翌朝で、バリアのシールドで守られているとはいえ、どのように安全に出入りしたのかも覚えていない。自分には分からない入り口でもあるのだろうと思っていたのだけれど、今こうして、四十年もかかる距離の場所に自分がいるとは思いもしなかった。
「四十年とは、どういうことですか?」
ベネッサは『知らないの?』とでも言うように薄ら笑った。
「あの球体よ。あなたも宮殿の地下の球体を見たでしょう。ここにも球体があるの。第二の球体よ。球体同士が連携しあって、異次元を使って短時間で行き来できるの」
「あの球体にそんな力があるのですか?」
「それはあの球体のほんの一部ね、球体の範囲以内の宇宙空間であれば、一体だけでも他の惑星にも簡単に行けるけど、それだけじゃないわ。あの中には最高の科学と技術が詰め込まれている。芸術もそうよ。私はこの辺境の地で文化的に高度な社会を作ろうとしたのだけれど、戦争が始まった途端、皆あっという間にここを離れてしまった。馬鹿な人達。まだいくらか残ってる者もいるから、私たちはここで勝手にやらせてもらうわ」
「それで戴冠式にはいらっしゃらなかったのですね」
「あんな人達と共に滅びるなんてまっぴらよ」
「え?」
それはセフォラが初めて聞くことだった。もちろん戦争は国の存亡に関わることだから滅びる可能性がないわけではない。とはいえあの戴冠式の豪華さ、この国の民の闘争心、そしてこの球体の威力を思うと、この国が「滅びる」とは考え難い。
「球体にそれほどの力があるのでしたら、滅びないんじゃないですか」
「もし私たちが持っている能力を正しく使えればね」
「使えてないのですか?」
「使えてたら、戦争だなんて自分たちの首を絞めるようなことはしないでしょう。だからこの国の人達は馬鹿なのよ。自分たちにどんな可能性があるのか考えもしないで、争うことしか能がない」
「でもセイリオス様は軍隊を率いる素晴らしい将軍ですよね。セイリオス様が戦争を終わらせて下さるのではないですか」
するとベネッサはセフォラを見つめ、しばらくの間黙っていた。それから劇場の入り口に掲げられている公演内容の案内を見る。
「今日はこれを見ることにするわ。古典オペラだからあなたには難しすぎるわ。あなたは好きなようにすればいい、どこへでも行きたい所に行ったら」とベネッサは言って、さっさと劇場の中へ入ってしまった。
セフォラは、彼女を怒らせるようなことを言ってしまったのだろうかと、ベネッサの後ろ姿を見送るしかなかった。
ベネッサは、やるせない空虚な気持ちに襲われていた。自分もセフォラのように無垢だったころもあった。そして希望を抱きながらこの宇宙ステーションを運営していた。今までにない最高の文明を作ろうと思っていた。ところが民はそれを望まなかったのだ。
「そうね、彼は戦争を終わらせるわね。私たちは、最も優れた国民になれるはずだったのに」




