27. アルバへ
セフォラの別れは意外にあっさりしたものだった。修道院を去った時は号泣したのに、セナ邸からは「ちょっと出かけてきます」というふうで、送り出す方も「いってらっしゃい」という感じだった。しかもセイリオスが前回の輸送船とは雲泥の差の専用機で迎えに来てくれたのだ。貴賓室に通されたセフォラは、その豪華さに驚き舞い上がってしまった。そうしてアドレナリンを使い尽くした後、セイリオスとテーブルを挟む反対側の椅子に座った彼女は「これからどうしよう」と思ったのだった。
セイリオスはゆっくりとお茶を飲んでいた。セフォラは小声でモモに聞く。
「こんな時に何て言ったらいいの?」
「何か言いたいことがあるの?」とモモ。
セフォラには言いたいことはあった。とはいえ何をどのように言えばいいのか分からない。いずれ自分は、後見人のセイリオスの第二夫人か何かになるのかもしれないのだけれど、セイリオスは遠くの人でしかなく現実味がない。かといって院長のレディ・エレイーズの元に戻るのは難しそうで、言ってもしょうがない気がする。沈黙は数分続き、一分一分がまるで永遠に続く苦悩のように感じる。仕方がないので自分にも出されているお茶を飲む。
「修道院のお茶だわ!」
そう言ったセフォラにセイリオスはにっこりした。
「気に入ってくれたようだな」
その笑顔に、セフォラの緊張していた心は解けていく。
「私、私、この薬草茶が大好きなんです!」
「そうか、私もだ」
そう言うセイリオスを、セフォラは「なんて素敵な方」と思ってしまった。
「セイリオス様も修道院のお茶を飲んでおられたのですか」
「いや、これは別の所で栽培されたものだ。いずれ多くの人にも飲んでもらいたいと思っている」
「絶対に皆好きになると思います!」そうしてセフォラは薬草茶の効能を延々と説明する。セイリオスはすでに知っているのだけれど、にこにことセフォラの話を聞いている。
「君は本当にレディ・エレイーズが好きなんだね」とセイリオス。
「はい。あの方は私の憧れです。セイリオス様もお好きですか?」とセフォラは勢いで聞いてしまった。そして『しまった』と思う。そう思うのも変なのだが、今更どうしようもない。
「私がミリタリー・アカデミーの生徒のころ、レディ・エレイーズは皆の憧れだったんだ。当時、皇太子だったラフリカヌス王子が上級生におられ、妹君の彼女も特別に運動教官の指導を受けておられた。特にロッククライミングがお好きだったな」
「ロッククライミングですか!?」とセフォラは意外に思う。あの院長からは想像できない。
「ああ、結構お転婆だったな。レディー・エレイーズは上級生の憧れでもあったから、我々下級生は遠くで見ているしかなくてね」とセイリオスは話し続け、セフォラは自分の知らない院長の話を目を輝かせながら聞いている。こうして楽しい時間はあっと言う間に過ぎ、目的地に着いてしまった。
宇宙ステーション・アルバは、ぽっかりと宇宙空間に浮かんでいた。近くに恒星はなく、もしセフォラに興味があれば、どこからエネルギーを得ているのかなどと不思議に思ったかもしれない。とにかく科学がさっぱり分からない彼女は、ただスクリーンに映された宝石のようなアルバの美しさにうっとりしていた。
アルバへのドアが開くと、そこには迎えの者たちがいた。セフォラは、すぐに誰がセイリオスの妻、ベネッサなのか分かった。中央に立っているその婦人は、漆黒の宇宙に浮かぶアルバのように魅力的で美しい人だった。装いも戴冠式の淑女たちのように勇ましいものではなく上品で柔らかだ。化粧も自然で、肌の色は白く薄紅色を一滴たらしたかのようにまろやかで、結い上げられた豊かな茜色の髪に飾られた髪飾りや身につけている装飾品は彼女の美しさを一層引き立ている。セフォラは、こんな美しい女性が存在するなんてと思った。
ベネッサは少し腰をかがめ、たおやかにお辞儀をした。そして顔を上げるとセフォラを見る。セフォラはその美しいグレーの瞳に釘付けになり、体が動かなくなってしまった。それは狩りをする目だ。ところが一瞬でその射るような眼差しは消え、ベネッサは微笑む。
「ようこそアルバへ、セフォラ・カッセル」彼女はそう言うと、右手をまるでダンスをしているかのように優雅に差し出した。セフォラは一瞬迷ったが、その手に自分の手を乗せる。ベネッサは彼女の手を取ると、前に数歩進むよう彼女を促す。周りの者たちは一歩下がり、道を開け、頭を下げる。アルバの女主人がセフォラを認めた印だった。
「迎えに来てくれるとは嬉しいな」セイリオスは儀式は終りだとでも言うように彼らの中を突き抜けながら言った。ベネッサは黙礼する。そしてゆっくりと弧を描くように向きを変え、セイリオスの後に従った。
「もちろんですわ。姉上から預かった大切な娘ですもの。失礼があってはなりません」
「では、セフォラのことを頼む」
「ええ」と彼女は答え、後ろにいるセフォラを振り向く。
「セフォラ、あなたのためにアンドロイドの下女たちを準備しました。ここに慣れるまではキトロンの者たちより安心でしょう。あなたのスカートに隠れているロボット、確かモモと言ったわね」モモがスカートの裾から顔を出すと、ベネッサは目だけを下に向けモモを見る。
「そう、おまえ。アンドロイドたちの設定は自由に変えられるから、ご主人の好むようにしなさい」
そう言うとベネッサは、さあっと長い袖を翼を広げるようにひるがえし、袖で覆われた手をセイリオスの腕に絡ませ、甘えるような声で言った。
「愛しいあなた、今度はいつまでいらっしゃいますの」
セイリオスは彼女に笑顔を向け、その手を優しく撫でる。そうしてセイリオスとベネッサは、セフォラとアンドロイドたちを残し、楽しそうに会話しながら去っていった。セフォラは、彼らの後ろ姿から壁のようなものを感じ、足が前に進まなかったのだ。
「感じワル」と言ったのはモモだった。
「え?」とセフォラ。
彼女の周りにいたアンドロイドたちが一斉にセフォラとモモを見る。
「おっと」
と言ったモモはくいっと頭を上げ鼻をフンと鳴らす。目の前に小さな四角いスクリーンが現れた。モモはそれを鼻で器用に操作してプログラムを開始させる。するとアンドロイドたちの緊張は解け、張り詰めた空気が一変し柔らかくなった。
「はい、これがオイラのご主人様の好みさ」とモモ。
「モモ、私はあなたのご主人様じゃないわ。友達でしょ?」
そう言ったセフォラにモモはにっこり笑って見せた。
「うん。そうだね。そう言ってくれるからオイラはセフォラが大好きさ」
「モモ!」
とセフォラはモモを抱き上げるとギュッとした。モモの抱き心地は、あのバラバラ事件の修理の後、格段に良くなっていた。ロボットだから金属でできているのに、縫いぐるみのように柔らかく感じる。セフォラは柔らかいものが好きだった。
「セフォラ様、お部屋へご案内します」
アンドロイドの一人が言った。




