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エルナトの女王  作者: Naoko
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26. 憧れ

セフォラは、テラスの手すりから身を乗り出した。上から見る中庭の森は広く、子供達があちこちの木に登っているので激しく揺れている。

「こんなに子供達が元気に遊べるのも、セフォラ、あなたのおかげね」

セフォラは、アデライドに褒められたのが嬉しくて恥ずかしそうに笑った。

「でも、あなたに怪我をさせてしまったわ」

「私が不注意だったんです」とセフォラは言ったものの、乱暴な子供たちとの付き合い方を考えねばならなかった。

「元々あなたの後見人はライーニア将軍です。いっそのことライーニア家へ移ってはどうでしょう」

「ええっ?」それはセフォラにとって思いもよらないことだった。

「アルスランはロセウスへ行ってしまったし、ロランとヒューゴも卒業を控えてます」

「あ、あの、私が外へ出なければいいのではありませんか?」

「ここは広くなって子供が増えたし、世話する大人たちもいるわ。あまり外と変わらないわよ」

「そうですけど・・・」


「ライーニア家って?」とモモが聞いた。

アデライドは、セフォラの肩に乗っているモモを見てふふっと笑う。

「首都のライーニア家は無理ね。ここより危険だわ」

「危険なのか」とモモ。セフォラは「えっ?」と思う。

「別邸にしましょう」

「別邸ですか?」

「ええ。辺境の宇宙空間にあるステーションです。あそこのキトロン人はさほど凶暴じゃないし。ベネッサに連絡しましょう」

「ベネッサ?」

「彼女は宇宙ステーション・アルバの女主人、セイリオスの妻です」

「セイリオス様に、奥様がいらしたんですか!?」

「そうよ。レディー・エレイーズの母親違いの妹君です」


セフォラは、セイリオスが既婚者だと思っていなかった。この国では、身分の高い者が妻の一人や二人いてもおかしくない。それでも戴冠式の時に自分が夫人の代役を務めたのは、セイリオスに妻がいないからだと思い込んでいた。しかもその妻は院長の妹だという。そして、がっかりしている自分にも気づく。

セフォラの夢は、院長のような修道女になることだった。修道院が無くなっても院長の元へ戻りたい気持ちは変わってない。とはいえ親子と言えるほど年上のセイリオスの妻になると聞かされても嫌に思うことはなかった。院長がそれを承知の上で決めたのであり、修道院での院長とセイリオスの雰囲気が恋人同士のように見え、その二人の雰囲気に憧れたのもあった。


「セフォラ、恋に恋することもあるのですよ」とアデライドが言った。

「どういうことでしょうか?」

「風邪を引いたようなものかしら。セイリオスは素敵な方ですもの」

「セナ夫人もセイリオス様に憧れていたのですか?」

そう言われ、セナ夫人はカラカラと笑った。

「いいえ、彼は私の息子より年下です」

「えっ!?セナ夫人はお幾つなんですか?」

「まあ、女性に年齢を聞くなんて」

「すみません。でも、セナ公も随分お年でしたよね」

「そうね。ではあなたにだけ、これは秘密ですよ」と彼女は言って、セフォラに耳打ちする。

「もう少しで百二十歳になります」

セフォラは唖然とした。百二十歳とはどういうことだろう。アデライドは「人は百二十歳以上は生きられない」と言っていた。セナ公が長い間生きているのはあの装置のおかげで、こうして目の前にいる彼女はそんな年寄りには見えない。


「冗談は止めてください。セナ夫人はこんなに若くてお美しいのに」

「あら、ありがとう」とセナ夫人は言ってまた笑う。「キトロンの科学技術が素晴らしいからよ。キトロン人は若さを保つ技術を持っているの。それにほら、あなたの腕もすぐに元どおりになったでしょう」

セフォラは自分の腕を見た。そうだ、再生治療だ。

「それでは、院長、レディー・エレイーズのお怪我はどういうことでしょうか。再生治療でもあの傷は治せなかったのですか」

「ああ・・・」とアデライドは顔を曇らせた。「エレイーズは、元夫が王に反抗して反乱を起こした時に殺されかけたのよ。あの様にひどい傷を負ってしまい、顔と両手は元どおりにしたのだけれど、全部を治そうとしなかった。彼女はまだ若かったし、元の美しい女性に戻れば再び政略結婚させられる恐れがあったからよ。そうして彼女はあの修道院を女性を助けるための場所にしたのよ。残念だけど、この国ではひどい目に会う女性たちは少なくなくてね。あなたを愛情深く育てたのも、乗り越えてきたものが大きかったからじゃないかしら」

「私をですか?」

「ええ、あなたのお母様、オリアーヌの世話も一生懸命だったわね。ただ、オリアーヌの心までは癒せなかった」

「セナ夫人はレイネという人のことも良く知っておられたのですか?」

「ええ、私は彼を自分の息子のように思ってたのよ。オリアーヌはその彼が愛した人です。彼女が死んだと聞いて私も辛かったわ」

「だから私にモモを送ってくれたんですね」

モモは「キューン」と泣いた。アデライドはモモの頭を撫でる。

「そうよ、モモ、あなたはセフォラを良く守ってくれてるわ」

撫でられたモモは嬉しそうに目を細める。

セフォラはそんなアデライドとモモを見ながら、母親のことを思った。自分は母のことをあまり覚えてないのだけれど、レイネの話をしていた母は覚えている。母はレイネが迎えに来るのをずっと待っていた。


「あのセナ夫人。私の父、カッセル卿は戴冠式に出席していたのでしょうか」

アデライドはしばらく黙って彼女を見ていたが「ええ」と答えた。

「では娘の私がそこにいるのを知っていたのに、会いには来てくれなかったのですね」

「そういうことになりますね。あなたのお爺様が反逆罪で処刑されたのち、あなたがお腹の中にいるオリアーヌの処刑を決めたのもカッセル卿です」それからアデライドは間を置いて聞いた。「会いたかったですか?」

セフォラはきゅっと口を締め、それから開く。

「いいえ。私は長い間、レイネという人が自分の父親だと思ってました。これからもそう思い続けることにします」

アデライドはにっこりと笑う。セフォラが少しづつ強くなっているのが嬉しかった。



それまでアデライドは、宇宙ステーション・アルバの女主人、ベネッサの元にセフォラを送るべきかどうか迷っていた。アルバはここよりましだが、ベネッサを信用していない。とはいえ、セフォラが怪我をしてしまった以上、ここに置くこともできない。セフォラはもっと強くならねばならなかった。セイリオスも自分も、いつまでも彼女を守れるわけではない。

アデライドは、自分に残された時が短いことを知っていた。

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