25. 中庭の森
セフォラは大きな木を見上げていた。枝は太く四方に広がり生い茂る葉が重なり合って空が見えない。周りもさまざまな木々が混じり合い、枝は光を求めて曲がり絡み合い、うっそうとしていて暗かった。風が吹いたのかちらっと木々の間から光が射す。誘われるようにその方へ歩いて行くと、古い木が倒れぽっかりと開いた空から光が地面に落ちていた。土はふっくらしていて暖かそうだ。
「薬草だわ!」と驚いた彼女はかがみ小さな草に手をかける。それは修道院で育てていたものだった。久しぶりに見る緑の薬草、急に何かがこみ上げてくる。
「セフォラ」と、遠くから誰かが呼んだ。
「院長様?アイメなの?」彼女は辺りを見回すが誰もいない。
「セフォラ、セフォラ」とその声は繰り返して彼女を呼び続ける。
「モモ!モモなのね?」
彼女は必死に枝や草をかき分け声のする方へ進んだ。すると後ろの木々が揺れ誰かが追いかけてくるような音がする。怖くなり足を速める。
突然、目の前が開けた。そこにはバラバラになったモモの破片が散らばっていた。
「キャー!」セフォラは叫んで起き上がる。目の前にモモの顔があった。
「キャー!」モモも叫び返す。
「キャー!」セフォラは再び叫んだ。
「大丈夫ですか?」とキアラが走り寄ってきた。
セフォラは森の中ではなくベッドの上にいたのだ。モモもいつもの大きな目をパチクリさせながらそこにいる。
「ここは?」とセフォラは思い見回すと、そこは自分の部屋だった。
「あー、ビックリしたー」とモモ。
「気がつかれて良かったです」とキアラ。
セフォラは改めてモモを見る。モモは無事だった。というかピカピカに磨かれて眩しいほどだ。セフォラはモモをギュッと抱きしめた。
「まだ悪い夢を見てるのか」とモモがあきれたように言った。
「モモ、モモ、無事だったのね。バラバラになったと思った」
「バラバラになったのはホントだよ。修理されたんだ。いやー、ひどい目にあった」
キアラが「ごめんなさい。私がうっかりしていて。怪我は大丈夫のようですね」と申し訳なさそうにセフォラの左腕を取って確かめる。
「怪我?」セフォラも自分の腕を見る。いつもと変わり無い。どういうことなのだろうと思う。
「すっかり治ってますね。では私は戻ります。そろそろ子供達が帰る時間ですし」
セフォラはまだ状況を飲み込めておらず、自分がここにいてキアラもいるということは、子供達の世話を誰がしているのだろうとか思ったりする。
「そうね・・・あなたにも忙しいのに」
「大丈夫です。ガスもいるし。じゃあまた明日」
とキアラは言って部屋から出ていった。
「お前さんホントに大丈夫?」とモモは、まだぼーっとしているセフォラに言った。
彼女はハッとしてモモの顔を見る。
「キアラがいたのに喋れたの!?」
「ふふっ、修理してもらった時、ついでに機能向上してもらったんだ」
「機能向上?」
「覚えてないの?セフォラは子供達の騒動に巻き込まれたんだ。頭は大丈夫なはずなんだけど、まあショックから回復するのに時間がかかる」
「ちょっと待って」とセフォラはモモを遮った。
「そうだ」とセフォラは思い出す。子供達が増えて中庭も広くなり、ロボットだけでは管理できないので人も増えて、ガスもやってきて、色々あって、子供達が喧嘩を始めて、モモがバラバラになって、自分も腕がちぎれそうなくらいに怪我をして血がバーッと・・・というところで気持ちが悪くなった。吐きそうだ。
「まあ、ゆっくり休むんだね」とモモはいつになく優しい。というかバラバラになったことより機能向上したので機嫌がいいらしい。こっちは気分が悪いのにと膨れっ面をする。
そしてまた自分の腕を見る。怪我したはずの腕は何もなかったかのようで普通だ。
「これが再生治療?」とセフォラは思いながら腕を動かした。
次の日、セフォラは改めて拡張した中庭を見た。夢の中の森と同じでないが、うっそうとしていることに変わりなく、子供達が丈夫な枝にぶら下がったり激しく揺らしたりしている。湿度もあり汗ばむくらいの気温だ。
「ヒュー!」
突然モモがリスのように木を駆け登っていった。それを子供達が追いかけ、木々がザワザワと音を立てる。機能向上したモモは、子供達の攻撃に対応するため木登りもできるようになったらしい。元々、セフォラの背中に乗っていたモモだ。
「捕まらないようにね!」とセフォラは叫ぶ。そして身軽なモモに比べ自分は動きにくいと思った。彼女の修道女見習いの作業服のスカートは長く、特にこの森の中では不便で仕方が無い。
セフォラが修道院の作業服にこだわっているのは、いつか院長の元に戻りたいと思っていたからだ。院長は町や村で病人や怪我人の世話を続けているらしい。自分もそれに加わる日を夢見ながらここで子供達の世話をしている。ところがこの中庭の森は、子供の国のような可愛らしいものではなく厳しくて荒々しい。子供達の能力からするとこの森の方がいいのだが、自分が怪我をしてしまってはどうしようもない。それに気になることがあった。ひどい怪我をした腕が何事もなかったかのように治るのであれば、あの自分の見た院長の怪我の跡はいったい何だったのだろう。あれも夢だったのだろうかと思ったりする。
「セフォラ様、セナ夫人がお待ちです」とロボット・メイドが言った。
セフォラは振り返る。「そうだ、セナ夫人に聞きたいことが沢山ある」
彼女はロボットの案内に従った。




