24. エルナトの樹海
ケィザーがセナ邸を去ったのは夜明け前だった。密かにゾルファに会いにきた彼は、騎士団に知られないように薄明かりの中へ消えていった。団長を退いた後も彼に従う者は多い。彼らに自分の考えを影響させるべきではなく、騎士団が下した決定に従うと決めていた。
ゾルファの目覚めている時間は短かった。しかも会える者は限られており、新王のゲルノアでさえ会ったことはない。誰もゾルファを脅かせないのは、宮廷の地下深くにある球体のゆえだった。首都は球体のシールドで守られており、その球体を作ったのはゾルファだと言われている。眠っているゾルファの代行を務めるのは妻のアデライドで、平民出身の彼女は何にも縛られることなく自由に動き、ゾルファの力を守っていた。
セイリオスもゾルファに会える数少ない者の一人だった。彼は前王のラフリカヌスの元、民を争いから遠ざけていたが、ラフリカヌスの亡き後は戦争へと走る世論を止めようとしなかった。そのセイリオスに、アデライドは子供達が中庭の森で遊ぶのを見せるために案内した。
「これが私たちの最後の手段かもしれません」アデライドは、中庭を見下ろすテラスから、子供達が木々を登ったり降りたり飛び移ったりと遊んでいるのを見ながら言った。
「この中庭がですか?」とセイリオスは驚く。
「ええ。もっと広くしてエルナトを模してみようと思ってます」
「あのエルナトの樹海を?」
「エルナトに都市を作るのは困難で、作ったとしても成功する保証はありません。それよりエルナトの自然に順応できる者を選ぶべきでしょう」
「この子供達をエルナトへ送るのですか?」
「もちろん子供達だけでは生存できません。元々エルナトへの移住を主張していたのはレディ・エレイーズでした。エレイーズは民を自然の中で再生させようと、修道院でエルナトの植物を研究しながらセフォラを育てたようです」
セイリオスはエレイーズの考えを知っていた。だがエルナトの自然の厳しさを考えるとキトロン人には無理だと思っていた。短気で気が荒く便利な生活に慣れた彼らが自然の中でやっていけるはずはない。エレイーズが民をエルナトに導けば可能性はあるが、彼女が自分に託したのは、小柄な娘のセフォラだった。
「セフォラはそのことを知っているのですか」
「あの子はエルナトのことを知りません」
その時アルスランがやって来た。
セイリオスは、彼の表情から何を言おうとしているのか分かった。弟とはいえ親子ともいえる年下の彼を、父親のように見守ってきたのだ。
「決めたようだな」とセイリオス。
アルスランは黙礼し、ちらりとアデライドを見てから口を開いた。
「はい、兄上。私はミリタリー・アカデミーを退学したいと思います」
開戦後、アルスランの育った都市は攻撃され壊滅した。アルスランはそれ以前からミリタリー・アカデミーの生徒であることに違和感を持っていたものの、代々王に仕えてきているライーニア家の一員として軍人になるのは当然のことで従うしかないと思っていた。そんな彼にゾルファは「自分の思うように生きろ」と言う。更にレイネの話も心に響いた。彼は自分が弱いのではないと思えるようになっていた。
「兄上や一族の名誉を傷つけることになるので、ライーニア家から除外されても仕方がないと思っています」
「それは心配することはない。皆には私から話しておこう。それより、これからどうするつもりだ?」
「もし兄上が許して下さるのでしたら、しばらくの間、ロセウスにいたいと思います」
ロセウスは、辺境の惑星を回る月の一つで、空気中の物質によって色の光が残る淡いピンク色の衛星だった。セイリオスはアルスランに考える時間を与えるため休学させ、かねてより親交のあったロセウスの王国の皇太子の警護に当たらせた。アルスランは自分が特別扱いされているようで不満だったが家長の命令に従わないわけにはいかない。そのロセウスに戻らせてくれと言うのだから情けないとは思うが、故郷を失った彼に他に行ける場所など無かった。
「そうしなさい。あそこの荒野はいい」
セイリオスにそう言われたアルスランは、また先を越されたと思った。いつも見透かされているようで勝つことができない。操られているようで、いらいらする。
「では失礼します」とアルスランは無愛想に言い去っていった。
その後ろ姿を見ながらアデライドが「やはりレイネに似てますね」と言った。
セイリオスは「そうですか?」と言って笑う。「アルスランが彼に似ているとしたら、私たちが頼りにできる者ではありませんか」
アデライドもセイリオスを見てふふっと笑った。
「そうだといいのですけれど。彼はロセウスでポタムを断つつもりでしょう」
「ポタム中毒から抜けられるかどうか・・・ゾルファはそのことをご存知なのですね」
「さあ、眠っている間に時空を超えて未来を見るようですけれど、断片的で夢のようだそうです」
「ロランとヒューゴがここにいるのも何か意味があるのか・・・ところで、ケィザーはこの中庭を見たのですか?」
「いいえ。彼はこの子供達の施設を知ってますが、今はそれどころでは無いようです。エルナトの存在を知られるわけにはいかないので私たちには都合がいいですけれど」
その時セフォラは、上空のテラスからセイリオスとアデライドが下を見ているのに気づいた。特にセイリオスは自分を見ているような気がする。修道院を出て短い間に多くのことが起こり、多くのことを知った。知ったというより知らないことが多いのに気づいたと言った方がいいかもしれない。そしてセイリオスが自分にとって単なる保護者なのかそれとも何か特別の意味があるのか、セフォラには全く見当がつかなかった。




