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エルナトの女王  作者: Naoko
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23. 壁の内と外

その夜セフォラはなかなか眠りに付けず、目覚めたのは子供たちが中庭の森にやってくる頃だった。子供達はセフォラの作った中庭の遊び場を「中庭の森」と呼んでいる。慌てて中庭へ行くと、キアラが自分の代わりに子供達を迎え入れていた。セナ夫人に雇われたらしい。戸惑いつつ会釈するキアラから、好戦的な雰囲気は感じない。むしろ、弟妹を世話しながら養うという困難から解放された安堵感はあるものの、今まで自分に取っていた頑なな態度をどうしていいか分からないという風だった。


「遅れてごめんなさい。良かった。キアラ、あなたが来てくれて」セフォラの声は快活だ。

「え、ええ」それに対しキアラは口をあまり開かず篭るような声で答える。

それから二人は次々に来る子供達を迎える。ところが子供の数は増えるばかりだ。

「中庭の森では狭すぎるわ。ロボットも足りないし」

「ここを広くするそうですよ」

「え?そうなの?だったらいいわね!」

セフォラは顔をパアッと明るくする。キアラはそんな彼女の顔を見るのが眩しくて顔を背けた。セフォラは両手でキアラの手を握りふふっと笑う。

「素敵じゃない。どうしたらもっと子供達に喜んでもらえるか一緒に考えましょうよ」

キアラは手を引っ込めようとしたが、セフォラの手の温かさが彼女に伝わり、萎縮していた胸をふわりと広げ、空気が肺を通して体中に行き渡るようで、全身がすーっと解放されていくのを感じる。

「はい」と彼女は笑顔で答えた。

セフォラはそんな彼女の笑顔を見て、以前の荒々しかった態度や言葉遣いは町で生きて行くのに必要だったのだと気づいた。彼女の一生懸命に子供達の世話をする姿から、今までどんな辛い目にあったのだろうと思ってしまう。



しばらくして、どこからかロランの声が聞こえてきた。怒っているようでバタバタと足音もする。セフォラとキアラが音のする方を見ると、アルスランをロランが追いかけ、その後にヒューゴがやってくるところだった。

ロランはアルスランの腕を捕まえ「どういうつもりだよ!」と怒鳴る。「卒業は目の前だぞ。休学していたからって問題ないはずだ!」

アルスランはそれに答えず、ロランの腕を振りほどいて走り去る。ロランが後を追おうとするとヒューゴが彼を止めた。ロランはヒューゴを突き飛ばす。

「お前ら変だよ!アカデミーの生徒としての自覚があるのか!?」

「お前だって何を熱くなってるんだ。そんなにケィザーに相手してもらったのが良かったか?」

「なんだと!?」

ロランは喧嘩を始めそうな勢いでヒューゴに向かった。

「ロラン!」と叫んだのはキアラだった。

二人は彼女を見る。そしてロランは「チッ」と舌打ちすると、アルスランとは別の方へ去って行った。


セフォラは驚き、

「どうしたのかしら。今朝のロランは、いつもの彼じゃないみたい」と言う。

「そうですか。あれが普通ですよ」とキアラはそのまま仕事を続けた。

その言い方にむっとしたセフォラは反論する。

「戦争中だから?」

キアラもセフォラを振り向く。そしてしばらくの間、二人は黙っていた。


セフォラは、戦争をやめるべきと思っている。修道院の壁の内側で肉体や精神の傷ついた女性たちの世話をしながら、いつかこんな辛いことのない平和な社会になればいい、争いは争いを招くだけと考えていた。ところが壁の外で育ったキアラは、自国を守るのに戦うのが当たり前だと主張する。この国の人は皆そう考えている。修道院は無くなり自分は壁の外に出たが、引き続きライーニア将軍の元、カデッツやセナ夫人に守られている。そんな自分が、弟や妹を守ってきた彼女に「戦争は止めるべき」と言っても説得力などなく、彼女が「はい、そうです」と答えるはずもない。それでも自分は戦争をするべきでないと思っているし、尊敬する院長から教わったことを否定するつもりもない。


「私だって、戦争は嫌いです」とキアラが言った。

セフォラは驚く。キアラがそう言うとは思わなかったのだ。考えてみると、戦争によって父を亡くし母も病死し弟妹たちの世話をしてきた彼女が戦争を嫌うのは当然だ。だとしたら分かり合えるのではないか。


「でも国民は戦争を支持しています。軍人は生き残れれば再生治療してもらって戦場に戻れるのでゲームしてるみたいですし。死ねば終わりですけど」

「再生治療?」

「え、ああ、サクマティ修道院は自然治療でしたよね」

「サクマティ修道院を知ってるの?」

「あそこの自然治療は有名でしたよ」

もちろんセフォラはそれを知っていたが、軍の再生治療のことを知らない。自分が知っているのは、薬草の扱い方や治療の仕方だ。


「私の母が病気になった時、サクマティ修道院に連れていければ良かったのですが、軍人の妻だったので難しかったんです」

「軍人の妻たちもいたわよ」

「そうだけど、ラフリカヌス王が亡くなられてから変わったでしょう」

こうなるとセフォラは何も言えなくなってしまった。キアラと会話するのに基本的知識がなさすぎる。


黙っているセフォラにキアラは笑みを浮かべた。

「あなたも孤児だそうですね。それなのに、こんなに一生懸命に他の人のために頑張れるなんて、修道院ではそれが普通だったんですね」

「ええ・・・」

「私は始め、あなたは口だけの人かと思ったんです。この国にも平和を唱える人々はいます。でも多くはうわべだけ、自分の意見や文句を言うだけで、結局何も変わらない。誰も助けてくれないから自分で生きていくしかないんです。だから子供達の森を作ってくれたあなたにとても感謝してます」


そう言われてもセフォラは素直に喜べなかった。今までの自分は正にそのうわべだけでのような気がしてならない。セフォラは中庭の森を仰ぎ見る。急に彼女は、この森が、ただのお遊びのようにしか思えなくなった。

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