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エルナトの女王  作者: Naoko
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2. 修連女

緑の丘を少女が駆け下りてくる。少女の名はセフォラ。野の白ユリを摘むのに夢中で、時が経つのをすっかり忘れていた。

「こんなに陽が高くなって、急がなくっちゃ」

セフォラはやっと修道院の外壁に着き、裏木戸を開けようとすると、鍵がかかっているらしく開かない。


「ああ、どうしよう。モモに開けてもらえるかしら」と言いながら取っ手をガチャガチャと動かしていると、急にドアが開き、前へ転びそうになった。


「セフォラ!」

その声に彼女はビクッとして顔を上げる。そこに門番の妻のアイメが立っていた。

「やっぱり外へ出ていたのですね」とアイメは鼻息荒く言うと、バタンと大きな音を立てて戸を閉める。


セフォラは、この修道院で生まれた。幼い頃に母親が死に、その後も大切に育てられ、修道女になるための修連をしている。ここでの生活は、質素ながらも不自由は無かった。ただ一つ、修道院の外へ出てはいけないと言われていた。それで彼女は誰にも知らせないでユリの花を取りに行ったのだ。


「どうしてもこれを院長様のお部屋に飾りたかったの」セフォラがそう言って両手いっぱいの花を差し出すとアイメはため息をついた。野の白ユリは院長が好きな花だった。アイメにはセフォラの気持ちは分かっている。とはいえ彼女が修道院の外へ行っていけないのには特別な理由があるので守らねばならない。普通ならここでしっかりと言い聞かせるのだけれど、今はそうしている時間が無かった。

「とにかく、院長様があなたをお呼びです。そのユリを持って院長室へ行きなさい」

それを聞いたセフォラは、朝の祈りをサボったのが院長にバレたのだと思った。


「花を入れる花瓶はもうありませんよ。台所にベノワがいるはずだから、水差しを出してもらいなさい。それから」とアイメは、去ろうとするセフォラに言いながら、ふところから小さなロボット犬を出した。

「モモを連れていきなさい。全く、犬にベールを被せてあなたの代わりに祈らせるなんてふざけてます」

首根っこをつかまれたモモは、ゴメンネとでも言うようにセフォラを上目づかいで見た。モモは、セフォラの母親が死んだ時にやってきたロボット犬で、彼女とだけ会話するよう特別にプログラムされている。



モモは、足早に進むセフォラの後を追いながら言った。

「今更だけど」そして、彼女の前の方へと回る。

「ユリの花を見れば、セフォラが外へ出たのは一目瞭然だからね」

「分かってるわよ」セフォラはイライラしながら答えた。


セフォラは、院長に沢山の野の白ユリを見せて喜んでもらいたいと思っていた。院長の兄である国王が暗殺され、次の王が決まらないまま他国との戦争が始まった。その影響はこの修道院にも及び、緊急時のためにと忙しくしている院長の様子が、セフォラには寂しそうに思えてならない。そして野に白ユリの花が咲いているのを窓から見て、いてもたってもいられず外へ飛び出したのだった。


「モモ、いつもは上手くやってくれてるのに、どうしたっていうの?」

「どうしたって、修道女たちをだませてもアイメは難しいよ」

「そこを何とかするのがあなたの役目でしょう」

「無茶だね。大体、オイラにベールをかぶせて修道女のフリをさせる方がおかしいんだ」

「もう!」


モモは、セフォラにとって犬と言うよりは、弟のような存在だった。母親が恋しくて泣いているとモモは慰めてくれた。それに門番をしているベノワと妻のアイメも、セフォラを娘のように可愛がってくれている。とにかくセフォラは、アイメに見つかってしまったのは運が悪かったのだと思った。


「ベノワはいないね」

台所に着くとモモが言った。以前はにぎやかだった台所はしんとしている。修道院にはもっと人がいたのだけれど、今は家具や道具も少なくなり閑散としている。モモは荷造りされた箱の周りを飛び回り、一つの箱をクンと鼻で嗅ぎあてた。

「ここに水差しがあるよ」

静けさにしんみりしていたセフォラは、笑顔を浮かべると気分を取り直して箱を開け水差しを出した。


セフォラは、何かが変わろうとしているのを感じていた。もちろん戦争が始まっていたので変化は起こっている。ただ、その変わろうとしていることが良い方へなのかそうでないのか定かでなく、とにかく修道院が前とは違うのは明らかだった。この修道院は体や心の傷ついた人はだれでも受け入れていた。基本的に男子禁制だから女性や子供たちの患者がほとんどで、男性の患者はアイメとベノワが世話をし、治療が長く続くようであれば近くの村や町の病院や診療所に移される。院長は修道女たちを連れて外へ診療へ行くことも多く、セフォラは自分も早く修道女になって院長の供をしたいと思っていた。修道院の患者達はよそへ移されて少なくなったし、セフォラの子供達の世話係も終わりそうので、もっと院長の近くで働けるかもしれないとの期待もあった。


「今日は、特別の日だよ」モモが言った。

「え?」セフォラは何のことだろうと思う。

モモはそれ以上しゃべらず、しっぽを振りながらやってきて、セフォラの手をペロッと舐めた。

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