17. 違い
「私はね、あんたみたいに能天気に生きてるんじゃないのよ」とキアラは言った。
するとセナ夫人が、「キアラ、あんたは戦争が嫌いなんだね」と口を挟む。
キアラは、カッと目を開くとセナ夫人を睨んだ。
彼女が尊敬してた軍人の父親は戦死し、もう戻らない。妹や弟たちがいて、彼女自身、まだ親を必要としている年頃なのに、頼れる人などいない。その思いをどう処理していいのか分からないままだったのだ。
キアラは泣きたいのを堪え、「ジョセ、あの子たちが出てきたら世話するんだよ!」と言うと走り去ってしまった。
「あいつは最近ここへ移ってきたからアデライドを知らないんだな。ここの女王様をさ」とガスがぼそっと言った。
それを聞いたセフォラは、院長の「エルナトの女王」のことを思い出す。セナ夫人も「エルナト」について言っていた。セナ夫人が「エルナトの女王」のなのだろうか。
「あの、セナ夫人は、エルナトの女王様なのでしょうか?』
セフォラの質問に、アルスランとセナ夫人が振り向く。ガスはきょとんとして「エルナト?聞いたことねえな。なんだそれ?」と聞く。
「えっと、前に聞いたんですけど・・・」と戸惑う彼女に、誰も何も答えず、キアラのことも曖昧になってしまった。
ガスがジョセを連れて別れた後、セフォラは、皆と共にセナ邸へ戻りながらずっとキアラたちのことを考えていた。そして、
「セナ夫人、お願いがあります。私に孤児や親が働いている子たちのお世話をさせてもらえないでしょうか。私は修道院で子供たちの世話をしていました。できれば、そう、あのお屋敷の中庭を使って、お昼の間だけでも子供たちを見てあげられたら」とセフォラは突然に思いついたことを口にした。それは彼女の癖で、初め驚いた夫人もすぐに表情を和らげる。
「そうね、それはいいかもしれない。あなたの思うようにしなさい。私はまた留守をするから、あなたたちで何とかするのね。必要な事はロボットたちに指示しなさい」
「ありがとうございます」と喜ぶセフォラに反しアルスランはため息をついた。
セフォラは、アルスランがこの計画を気に入らないことぐらい分かっている。カデッツの三人に自分を手伝ってもらう謂れはなく煩わしいだけだ。それでも助けてもらいたい。子供たちを集めるのでさえ助けが必要なのだ。
そうしてやっと幾人かの子供たちを集め、中庭で遊ばせることになった。ところがセフォラはすぐにこれが大変なことなのだと思い知らされる。野獣であるかのように乱暴な国民の子供たちは、半日で中庭をひっくり返し、嵐が過ぎたかのようにしてしまったのだ。
「まあ、戦いや破壊をゲームのように楽しむ国民性だからね」とロランは苦笑いする。「キアラの『戦争は終わらない』というのもありだと思うよ。人々は絶えず喧嘩のきっかけを探している。すぐ切れるしさ」
ヒューゴも驚いた様子を見せなかった。「そうだけど、戦争はいつもどこかで起こってるよ。人類の歴史で戦いの無かった年なんてほんの数年だぜ。俺たちだけじゃないと思うけどね」
アルスランは、うんざりしていた。「だから俺はこんなことをするのは嫌だったんだ」
アルスランの言い方にセフォラはむっとする。
「そんな言い方はないでしょう。あなたは自分が孤児だったと言ってたわね。だったらあの子たちの気持ちが分かるんじゃない。なんで自分は関係ないって態度なの。身勝手だわ!」
するとアルスランも怒る。
「何も分かってないのはお前の方だろ?この状況をどうするんだ!?」
「修道院では出来てたわ。何か方法があるはずよ」
「どんな方法だよ!」
「今、考えるわよ!」とセフォラはそっぽを向いた。
セフォラはアルスランの非協力的な言い方に腹が立ち、アルスランは行き当たりばったりの彼女にイライラしていた。どっちも引きそうにないのでロランはヒューゴに目配せする。「とにかく、セナ夫人が戻って来るまでに何とかしなきゃ」
ヒューゴも「セフォラ、君は修道院でどんな風に子供たちの世話をしていたの?」と聞く。
セフォラはふくれっ面で答えた。「修道院の遊び場は広かったのよ」
「なるほど、この中庭は子供たちが駆け回るには狭いかな。面積が限られているんだったら、高さで補うか」
「あ、それなら、田舎では子供たちは森を駆け回って木に登ったりするんだ」とロラン。
「森?」とセフォラは目を輝かせる。自分も森に行くのは好きだった。もちろん修道院を抜け出してだったけれど。「ここに小さな森を作りましょうよ。そうしたら中庭と子供たちの遊び場を兼ねることもできるわ」
こうしてセフォラの中庭は森のようになり、子供たちはそこで思いっきり遊べるようになった。その時彼女は、これがエルナトにかかわってくるとは思いもしなかった。
「セフォラ、喉が渇いたでしょ。ポタムだよ」とロランが、子供達の世話に一生懸命のセフォラにドリンクの入った瓶を彼女に渡す。彼女は「ありがとう」と言ってそれを受け取りエプロンのポケットに入れた。「飲まないの?」とロラン。「後でね」と彼女はにっこりする。
セフォラはこの飲み物が苦手だった。修道院では見たことすらなかったが、皆良く飲んでいる。彼女にはこの人工的な甘味が好きになれなかった。修道院を出て周りに合わせようとしているのだが、外の世界の習慣は慣れないものが多い。それでも、やっと子供たちの世話が出来るようになり、修道院での生活に戻りつつあるような気がしていた。彼女は院長に会えるのを諦めておらず、いつか自分は院長の元に戻り一緒に働くと心に決めている。そしてアルスランを見た。彼は自分と同じ孤児らしいのだけれど、なぜか気が合わない。それにキアラとも、ジョセが弟や妹と共にここへ来るようになっているのに仲良くなれないでいた。
「それは育った環境の違いだからじゃない」とヒューゴが言った。
「育った環境?」
「君は修道院で守られて育っただろう。修道院は君を海に囲まれた島のように隔離してたんだ」
セフォラは自分が守られてきたと聞いて不思議な気持ちがした。とはいえもしそうだとしたら自分がアルスランやキアラと仲良くなれないのはその理由だからかもしれないとも思う。今まで阻害されたことのない彼女にとって同年代の若者たちから受け入れられないのは寂しかった。
「アルスラン」とセフォラは彼を呼び止める。「私たちは同じ孤児なのに、分かり合えないのかしら」
するとアルスランは言った。
「孤児?君の父親は生きてるよ」
「え?」
「修道院で生まれ、院長や皆に愛されぬくぬくと育った君には分からないだろうな。自分を守ってくれる者がいなくなり、どうやって食べていくのか生きていくのか分からない子供の気持ちなんて。それは体が震えて気絶するほど怖いんだ」
「あ、あなたにそんな風に言われたくないわ。私だって、私だって、修道院から追い出され、後見人と言っても全然知らないあなたのお兄様ですもの」
アルスランは少し間を取ると、急に姿勢を正して言った。
「それは失礼いたしました。レディ・セフォラ・デ・カッセル。元老院議員の娘、そして将軍・セイリオス・ライーニアが保護し、ライーニア夫人となる姉上」
「私の父が元老院議員?私は反逆者の娘でしょう?それにライーニア夫人ってどういうこと?」
「どうやら君はこの国の『後見人』の習慣を知らないらしいな。保護される娘は成熟したら妻にされる。ライーニア家は代々王に仕える位の高い家系だ。その当主、しかも名の知られた将軍が、平民の娘なんかを妻にしない。君が元老院議員の血を引いているから許されるんだ」
その時アルスランは、自分がなぜ彼女に対して苛立ち、気持ちがモヤモヤしているのか分かった。ミリタリーアカデミーに戻ったばかりで勇み過ぎ、あまりにも柔らかい彼女の体に触れ、驚き、逆に傷を負ってしまい、自分を情けなく思っていた。その彼女は兄の保護を受け、自分は彼女の警護をしている。こうして彼女といると、あの柔らかい感触が自分から抜けず、屈託のない彼女の性格が自分を惨めにする。自分は妾の子だ。子どもの頃父親が来ると自分はいつもよそへ預けられ、父親らしいことをしてもらったことなどない。母は、父が死んで保護を失った後、自分を育てるために働き病気で死んだ。それから兄が迎えに来たのだ。自分は努力しても兄のようになれるとは思えない。自分は彼女とは違う。彼女は元老院議員の娘、いずれは兄の妻となる人だ。
そして、アルスランが最も気になっていたこと、それは兄のセイリオスも彼女の体に触れていることだった。彼は彼女の柔らかい体に触れ、どう感じたのだろう。




