16. 子供たち
セフォラは、人混みの中をすり抜けるようにして男の子を追いかけた。男の子は通りから脇道へ、そして人通りのない古い建物の密集地へと曲がりくねった道を迷うことなく走っていき、最後にスルッと崩れかけた壁の割れ目の中に入ってしまった。セフォラが、かがんで覗くと、奥は深くないものの狭くて中に入れない。壁の隙間から光が差し、あの男の子とその後ろにもう一人小さい子が見える。
突然「おまえは馬鹿か!」と、アルスランが怒鳴ってセフォラの腕を掴んだ。
セフォラがビクッとして振り返ると、ヒューゴとロランもやって来るところだった。三人は、急に走り出したセフォラの後を追いかけた。彼女は、修道院で傷つき疲れ果てた空腹の母や子供たちの世話してきたので、この男の子のことが心配になり、危険を顧みずにこんな所まできてしまったのだった。
「あの子たち、きっとお腹が空いてる」
「あの子たち?」
セフォラが割れ目を指差すと、ロランが中を覗く。「二人いるな。狭くて引っ張り出せないぜ」
アルスランは「行くぞ」と言うとセフォラの腕を引っ張って歩き出す。セフォラは彼の手を振り払おうとして腕を上げた。もちろん彼の方が強いので彼女には振り払えない。
「あの子たちをほっとけないわ!」
「あのなあ」とアルスランは言う。「あいつらを捕まえたら、その後どうなるのか分かってるのか?」
「え?」
「盗んだんだぜ。二人とも監獄のような施設に入れられるのが落ちだ」
「お腹が空いているのかもしれない」
「腹を空かせた子たちは沢山いる。いちいち構ってられない」
「誰かが助けなければ盗みを繰り返すだけだわ」
「俺たちには関係ない」
「あなたみたいな人がいるから!」とセフォラは叫んだ。するとアルスランは彼女の腕を強く握って言った。
「俺も孤児だったんだ」
セフォラははっとする。会った時から彼は何か違っていると思っていたのだけれど、ライーニア将軍の弟が孤児とはどういうことなのだろう。
その時、ヒューゴが割れ目を覗きながら「モモを囮にして、と思ったけど無理だな」と言ってモモを見る。「おまえの頭はでかいんだよ」
ロランがプッと笑う。モモもニッと笑い、それはセフォラとアルスランの緊張を緩めた。
「おまえら何してんだ!? ティボ!リル!大丈夫か?」
その時、後ろから誰かが叫んだ。皆が振り返るとそこには子供たちより少し年上の少年が立っている。
ロランが「あいつらの兄貴らしいぜ」と言った。
「ここは俺たちの隠れ家だ。出てけ!」
「ティボ、お前の弟だな。そいつが市場でビスケットを盗んだんだ」と、ヒューゴ。
「ビスケット?だからなんだってんだ?そんなことでお前ら四人で追っかけてきたのか」
「まあ、確かに、たかがビスケット、アプリコットの乗っかったやつね」そしてヒューゴはセフォラの方を見る。「ほら、このお姉ちゃんが、あんたの弟と妹が腹を空かしてるんじゃないかと心配してやって来たんだ」
少年はふーっとため息をついた。「アプリコットのビスケットは死んだ母さんがよく作ってくれたんだ。金は払う。だからあいつらに構わないでくれ」
ヒューゴはセフォラに「・・・だーってさ」と言った。
セフォラは口をキュッと結んだ後に口を開く。
「あの子たちをあそこから出した方がいい。崩れそうで危ないんですもの」
少年は仕方なしに割れ目を覗き「おまえら!出てこい!」と呼ぶが、子供たちは出てこない。
「あれー。怖がらせちゃったね」と今度はロランが言った。
少年は「とにかく金を払うから、あんたたちはここから出てってくれ」と言いながらポケットからコイン袋を出し手を中に突っ込む。
「はい、八コインね」とロランが、にこっとして手を出す。
「え?そんなに!?」
「ビスケットは一個一コイン、ニ個分の代金はニコイン、盗んだ物は四倍にして返す法律、だったよね」
「なんだ、こいつ、コインを一つしか持ってないぜ」と、ヒューゴ。少年の顔は真っ赤になった。
「ジョセ!」また後ろから声がした。皆が振り向くと、今度は若い娘が立っており、彼女の後ろには、セナ夫人とあの大男のガスがいる。
「あららー、どんどん増えていくよ」と、ロラン。
「キアラ姉ちゃん!なんでここに!?」少年が驚いて叫んだ。
「話は聞いたよ。あんた、またあの子たちを置いてうろついてたんだろう」
少年はそう言われると下を向き、拳を握り唇を噛む。キアラはそれには構わず割れ目に向かって怒鳴った。
「ティボ、リル、出ておいで。ここは危ないから来ちゃいけないって言ってただろう。あたしはまだ仕事があるからすぐ戻らなきゃならない。ジョセ、もうあの子たちから目を離すんじゃないよ」
「・・・じゃない」ジョセが小さな声で言った。
「なに?」
「俺は子守りじゃない。少年兵になるんだ!」
「えっ?おまえは父さんが生きてた時、父さんのような軍人にはなりたくないって言ってたくせに」
「分かってるよ!でも!」と言って、少年は黙ってしまった。父親が生きている間に素直になれなかったことを後悔しても急に反抗的だった自分を変えられるものでもない。
ヒューゴはジョセの肩をポンと叩くと彼の袋からコインを取り、自分の財布から残りのコインを足してガスに渡し「店主に渡しといててくれ」と言った。ガスが肩をすくめてそれを受け取ると、キアラはムッとして何か言おうとする。それをロランが止めた。
「あんたも今はお金持ってないでしょ。それにあんたが呼んでもあの子たちは出てこないよ。みんなここから離れた方がいい。騒々しすぎるんだ」
「でも、ここは危ない」セフォラの気持ちは変わらない。「あの子たちを出さなくっちゃ」
するとそれまで黙っていたセナ夫人が言った。
「じゃあ、ロラン、あんたが子供たちが出てくるまでここにいなさい」
「え、俺?」
「そう、あんたには同じ年頃の弟や妹たちがいたよね、扱いには慣れてるでしょ。モモを残すから何かあったら知らせなさい。ジョセは私たちと一緒においで。それからキアラ、だったよね。あんた、洗濯屋で働いてるんでしょう。あまり長く仕事から離れてると、仕事、失うよ」
キアラはセナ夫人に対して歯をむき出しにして威嚇する。それからぐっと堪えた。こんなことで、やっと見つけた仕事を失うわけにはいかない。三人の弟たちや妹を養えるのは自分しかいない。
ガスが歩きながら「アデライド、あんたも大変だね」と苦笑いしつつ言った。「ところであの姉ちゃんが洗濯屋で働いてるって良く分かったね。呼ぶのも早かったしさ」
「何言ってんのよ」と夫人はからから笑う。「ここは私のテリトリーよ。そのくらいのことできなくてどうするんだよ。まあ確かによそ者は増えているようだね。この子らもちょっと前にここへ流れてきたらしいし」
「ああ、戦争が始まってから余計にね」
「さあて」と言ってセナ夫人はジョセを見る。「あんた、少年兵になるって、意味分かって言ってんのかね」
セフォラは、つくづく戦争が終わって欲しいと願った。そうしたらキアラたちのような子供が増えることもなくなるだろうし、ジョセのような少年が兵士になりたいなんて思わないだろう。自分も院長の元へ戻れるかもしれない。
「キアラさん。早く戦争が終わるといいですね」と彼女はキアラを慰めるつもりで言った。
するとキアラは足を止め、彼女を見る。
「は?あんた、何言ってんの?」
「え?」
「あんた、ジョセのことを心配して言ってるようだけど、弟は父親のようになりたいんだよ」
「でも戦争が終われば、皆が平和に暮らせるでしょう」
「この戦争は終わらない」
「終わらないって?」
「国のために戦うのは栄誉あることなんだ。あんた、人のことを考えてるようで、自分のことばっか考えてるでしょ」
「ええっ?」
それはセフォラにとってショックな言われ方だった。




