12. 公爵夫人
「どうして手を怪我してまた腕を怪我するかな」とロランがアルスランの傷の手当をしながら言った。
「隙があるからさ」とヒューゴが答える。
ロランとヒューゴはアルスランと共にいなかったので何が起こったのかは知らない。
「ところで、何で俺たちはあの娘の護衛になったんだ?」
この3人は、セナ公爵家に滞在するセフォラを護衛するよう命ぜられたばかりだった。
「理由はどうであれ、あの公爵の屋敷に行けるんだから面白いじゃないか」とヒューゴ。
彼の父親は、ライーニア将軍が最も信頼する参謀で、その助言は「神の声」と賞賛されている。
初めアルスランは、兄が将軍の地位を使ってヒューゴと同じクラスにしたのではと思った。同じようにヒューゴも、父親が自分を監視するためにアルスランと一緒にしたと警戒していた。そんな二人なのに、なぜか気が合った。そこに平民で後ろ盾のないロランが加わったのだ。
「そりゃ俺だって公爵に会えたらいいと思うよ」とロランも言う。
アルスランも興味はあるものの、違和感の方が強い。
セナ公爵はかなり前からこの国の重要な地位にいる。それなのに彼に会った人はほとんどいない。表に出るのは公爵夫人だけだ。
「セフォラだ」とアルスランは言った。ヒューゴとロランは彼を見る。
「あいつには何かがある」
「何かがあるって、どういうことだ?」
「分からない。ただ、あいつは柔らか過ぎるんだ」
「なんだよ、それ」
「柔らかいって、何が?」
「あいつの体は変なんだ」とアルスランは答えた。
その頃セフォラは、重苦しい正装服を脱ぎ化粧を落とし、ほっとしていた。召使たちは服の補正を間に合わせるため部屋を出て行ったので今ここにいるのはモモだけだ。セフォラは、目が丸くうるうるとして可愛いモモをギュッと抱きしめる。彼女にとって変化の多い2日間が終わろうとしており、癒してくれるのはモモだけだった。
それからセフォラは、自分がここに来た時に着ていた白いドレスを風呂場で洗い始め、スカートの裾に小さな赤黒い染みが付いているのを見つけた。
「血だわ」
それはアルスランが院長から渡された短刀を握った時に流れ出たものだった。どんなに洗っても染みは落ちない。召使に染み抜きを頼めば綺麗にしてくれるだろう。だがセフォラはこのドレスを誰にも委ねたくない、自分の手元から離したくないのだ。そして院長に会いたいという気持ちと共に、院長と将軍の間には何があったのだろうと思う。
「おいらの話、聞いてるの?」とモモが不機嫌そうに言った。
「聞いてるわよ」とセフォラはドレスを干しながら答える。
モモは明日の戴冠式についてセフォラにあれこれと説明し、更には前王の毒殺事件、背景だの詳しく話すのだけれど、一夜ですべてのことが理解できるはずもなく眠気を誘うものでしかない。
「疲れたわ。もう寝る」そう言いながらセフォラはあの豪華なベットに横になる。ふかふかかのマットレスはもう気にならない。彼女は、ライーニア将軍と院長のことで頭がいっぱいで他のことを考える余裕がない。そうしてすぐに眠りについた。
朝になり、セフォラは起き上がるとカーテンを開けテラスへ出た。あの花火のような攻撃は無くなっていた。振動も感じない。振動は爆撃によるものだったのだと思った。
「ライーニア将軍が攻撃をやめさせたんだわ」
そんなライーニア将軍の夫人代行をするのだと思うと、誇らしくてわくわくしてくる。不恰好だと心配していた正装服もましになっていた。
「ライーニア将軍の夫人としての使命をしっかりと果たそう」そうセフォラは思った。
ライーニア将軍が少し遅れるというので、セフォラは先に戴冠式に案内されることになり、一人では心配だがモモがスカートに下に隠れてくれているのだし何とかなるだろうと思いながら式場に入った。
そこには、すでに大勢の者たちがおり、妻や娘と思われる淑女たちも鎧のような正装服と仮面のような化粧をしていた。そこで彼女らを見たセフォラは衝撃を受けてしまった。彼女らは自分と違い美しくて格好いいのだ。セフォラは修道院で様々な種族や民族と接していたので体型の違いには慣れていた。もちろん院長やアイメたちと比べて小柄だとは思っていたけれど、彼女は改めて「この国の人々は背が高くて美しい」と思った。淑女たちはセフォラを見るがクスッと笑うだけで無視する。恥ずかしくて、高明な将軍の夫人として使命を果たすなど出すぎたこととしか思えない。
突然、空気が変わった。息を呑むかのような緊張感、というか戦慄が淑女たちの間に走る。セナ夫人が黒一色の正装服で現れたのだ。それは誰も考えもしなかった装いで不謹慎と言えなくもない。晴れ晴れしい新王の戴冠式に、まるで前王の死を悼むかのような装いなのだ。そして美しい。
こうした集まりでは、注目を集める装いをした淑女が優位に立つ。それは新王の妻や娘たちであっても同じで、淑女たちに認められなければ例え王の妻であっても挨拶されることはなく、王からも見放されてしまうのだ。
鎮魂とも思える黒一色のセナ夫人は、品位があり凛として見事だった。セナ夫人は鮮やかな色が乱れる群衆の中をまっすぐに進み、人々は道を開ける。そして言葉を失っているゲルノアの夫人たちの前に立つと敬意をもって挨拶した。勝敗は明らかだった。最も注目を集めたのはセナ夫人でゲルノアの夫人たちは勝ちを譲り、すべての淑女たちは慌ててセナ夫人に敬意を示し新王の夫人たちに挨拶しなければならなかった。こうして平民出身の公爵夫人は、華やかな戴冠式で影の女王となったのである。
セフォラは、そんなセナ夫人を見るにつけ、自分がここに属してないと思わざるをえなかった。もちろん孤児の修道女候補の自分はここにいる淑女らと比べものにならない。だが気品などという問題ではない。自分はあまりにも違いすぎる。彼女は、ライーニア将軍に恥をかかせるとか、皆に認められないとか心配するより、そもそも自分はこの国の人間だろうかとさえ思った。




