11. 王に問う者
ゲルノアは王位を即位していたものの戴冠式を延期していた。支配権の移行が手間取ったのは、前王が後継者を決めておらず、その死も突然で毒殺だったからだ。毒殺に関わった者達は直ちに処刑され、背後に影の首謀者がいたかどうか定かでない。ライーニア将軍は、その調査のために姿を見せずゲルノアに従う意思表明うぃ明らかにしていなかった。その間に「将軍を王に」との声まで広まってしまっていた。また国内外に好意的に受け入れられている前王の妹、サクマティ修道院長への期待も高く、それらの騒ぎに乗じて王位を狙う他の者もいて、ゲルノアの支配権は確立されず国は混乱していた。ゲルノアにとって世論を自分の側に付けるのは重要で、戴冠式の前にライーニア将軍の真意を確かめ従わせる必要があった。
セフォラは、新王はどんな人なのだろうと思っていたのだけれど、倒れた時に髪型が緩み、バランスを取ることに気を取られていた。彼女にとってはその方が良かったかもしれない。この会見には重苦しい雰囲気が漂っていたからだ。
突然、ライーニア将軍がゲルノアの前へ行き、腰にあった剣を抜くと彼の顔の前で刃先を天井へ向けた。それはあっという間で、ゲルノアの警護隊は阻止することができなかった。緊張が走る。
「お前は王に背くのか」
ゲルノアはこの傍若無人に振舞う将軍に苛立ちを覚えながら言った。
「私は自分の王に背きません。私が知りたいのは、あなた様がラフリカヌス前王の毒殺に関わっておられたのかどうかということです」
「そんなことを質問する権利などお前にはない」
「戴冠式まで、私が支えるのはラフリカヌス王です」
「こんなことをして無事に済まされないと承知の上だな」
「繰り返します。あなた様は前王の毒殺に関わられたのですか?」
「そんなことをこの私にできると思うのか?」
「したのですか?しなかったのですか?」
「ええい、しておらんわ!」
するとライーニア将軍は一歩下がり、剣を鞘に戻すと会釈して言った。
「失礼しました」
セフォラはこの状況に驚き息を止めるほどだったが、緊張の空気が緩むのは感じた。彼女は国政など知るよしもなく、戦争の危機感すらない。とにかく大変らしいとしか思わなかった。
ゲルノアはセフォラの方を見る。
「大叔母上が匿った娘と聞いていたが、まだ子供か。一応、度胸はあるらしいな」
ゲルノアにそう言われ、セフォラは複雑な気持ちだった。やはり自分は子供にしか見えなかったかと残念に思う。それに度胸があると言われても、怯えたように見えなかったのは、こんな格好をさせられ、髪がずれ落ちて悲惨なことにならないよう立っているだけで精一杯だったからだ。
ゲルノアがこの将軍の気迫に勝てないのは明らかだった。前王のラフリカヌスが死んでしまった今、将軍の右に出る者はいない。
ゲルノアは忌々しそうに球体を見上げた。誰にも振動は以前より大きく感じる。そして、
「将軍。明日の戴冠式までにこの振動を止めてこい。不愉快だ」と言って去っていった。
新王の去った後、しばらくの間、誰も何も言わなかった。
やがて将軍の一行も戻り始め、
「セイリオス」と沈黙を破ったのはセナ夫人だった。
「王に問うことができるのはあなたぐらいです」
「いいえ、セナ公爵も同じようにされたではありませんか」
「そうですね・・・ところでエルナトはどうなっているのですか?」
「まだ人が住めるような状況ではありません」
「では急ぐことです」
セフォラはセナ夫人の「エルナト」とは、院長が言っていた「エルナトの女王」なのか聞いてみたかったのだけれど、遅れまいとして付いていくのに必死で質問するどころではない。ところがふとあの少年、アルスランの袖がほころび血が滲んでいるのに気づいた。それはモモが噛みついたあとだ。モモは、彼が自分の主人を嘲笑ったのに反応して噛みついたのだった。彼女は思わず彼の腕に触れようとする。
セフォラは傷ついた者に手を差し伸べる癖がある。修道院ではそれをするのが常だった。そして彼女は兵士が条件反射で人を殺せるよう訓練されているとは知らず、後ろから触ろうとするのがいかに危険か考えもしない。
アルスランは振り向くと、
「触るな!」と怒鳴った。
ビクッとしたセフォラは、またひっくり返ってしまった。
この2度目の転倒で、セフォラはカーッと頭に血が上り、周りの兵士たちは唖然として彼女を起こすべきなのかどうか戸惑い、セナ夫人も呆れ、スカートの下に隠れていたモモでさえポツンと床の上に残されていた。すると将軍が彼女にすっと手を差し伸べる。セフォラは髪と髪留めを片方の手で押さえながらもう一方の手で目の前の将軍の手を掴み身を起こした。そして彼の顔を見て「あっ」と声を上げる。ライーニア将軍の目は、深いルビー色だった。
目の赤い人はいる。遺伝子異変であるアルビノの目は赤かったりするのだけれど、通常、肌の色も白い。ところが、ライーニア将軍の肌は浅黒く目だけが赤い。年齢と経験を重ねた風貌、そしてその引き込まれそうな目は人を魅了する。それはセフォラにとっても同じだった。院長と将軍のあの不思議な雰囲気に、今度は自分が包まれ、王を恐れず問いただせる威厳のあるこの将軍はいったいどういう人なのだろうと気持ちが高ぶっていくのを感じる。彼の、その赤い目は優しく笑っていた。




